第7話 亡霊の行方①

 今は一学期の終業式を終えたばかりの帰り道。白滝城の戦いから一週間くらいが経っている。田園風景が広がる道路を歩いていて、ふと思いたち、大六にたずねてみた。


「あのとき戦った侍の軍勢って、今どうしてるんだろうね」すると彼は言う。


「ん?いるぞ、後ろ見てみろよ」


 恐る恐る、霊感のスイッチを久しぶりに入れ、後ろを振り返る。そこには優に1万を超える武者の亡霊が辺りを埋め尽くしていた。俺は言葉を無くしその場に立ち尽くす。大六は言う。


「言っただろ、お前の力は悪霊を統べる能力だって、広目天様の系統なんだぞ」


 俺は青ざめて、急いで家へと駆けだした。家には強力な結界が張ってある。そこを超えればこの亡霊たちは入れないと考えたのだ。


「無駄だと思うぞ。やめた方がいい」


 大六が走っている俺の耳元でささやいた。(お前も悪霊か?)人を呪った怨霊がよく吐くセリフだと思った。ほどなく家に着き、四方に配置した配下の悪霊に「頼むよ!」と声を掛けた。悪霊たちは‶オォォン〟とドスの利いたうなり声で首を縦に振る。


 玄関をバタンと閉め、自分の部屋に滑り込む。これで大丈夫だ。ホッと胸を撫でおろしたとき、壁から2体の霊体が現れた。何で?全然ダメじゃん。俺は配下の悪霊が倒されたのかと思って外を見た。彼らはきちんと四方を守り、役割を果たしている。亡霊たちはそこを素通りして家の周辺に陣取っているのだ。


「だから無駄だって言っただろ、こいつらはもうお前の下部しもべなんだぜ」


「えっ?しばった覚えなんてないぞ?」


 大六は、ほらっと首を振って、入ってきた霊体をよく見るように合図した。‶あぁー〟その顔には見覚えがある…。


 仕方ない…、俺は覚悟を決めて、話し合いをするべく、テーブルをかこんで座ってもらうように促した。正面に座っている大六が‶いやーまいったね〟と笑いでごまかそうとしている。

 俺は目線をそらし、四角いテーブルの右側であぐらをかいて座る若くて凛々りりしい侍に目を向ける。彼は何も喋らず、俺と大六の話をにらみつけるように聞いていた。

 この身なりのいい侍は、万を超える亡霊たちの総大将である。侍の代表といったところだろう。あの時の戦いで俺はこの殿様の首をねている。恨まれていてもおかしくはない。今もって何をしてくるかわからなかった。


 逃げるように視線をテーブルの左側に向けると、そこには着物のえりを肩まで広げ、首筋をあらわにさせた花魁おいらんが目を閉じたままたたずんでいた。妖艶ようえんな容姿とは裏腹に、年のころは二十歳に満たない感じである。

 彼女の名は『およう』。京香さんと一番同調していた亡霊だ。静かな物腰で礼儀正しい。彼女もまた何も喋らない。そういえばこの二人を、あの時の戦いでり込んでいた。捕り込むというか単純に拘束こうそくしたつもりだったんだけど…。

 

 俺が大六から教えられた能力は、霊力を網状の羂索けんさくに変えて悪霊を縛り、俺の魂に縛り付けるというものだった。縛られた悪霊たちは俺の眷属けんぞくになり、言うことを何でも聞かせることが出来る。外で結界を張っている悪霊たちも、そうやって捕まえて従わせているのだ。

 どうやらこの二人を眷属けんぞくにしてたもんだから、彼らの配下も俺の下部しもべになっているらしい。霊感を完全にオフっていたから気が付かなかった。なんてことだ、そんなつもりはなかったのに!


「どうすればいい?羂索けんさくを解除してもいいよねぇ」俺は大六に尋ねた。


「まーそれでもいいが、そしたらまた、あの若月って子のところに行きかねないぞ。いいのか?」


「それは絶対だめだ!そんなことしたら今度こそ跡形もなく消滅させてやる」


 若い殿様がこちらをにらむ。俺もそれを睨み返して一触即発いっしょくそくはつの雰囲気になる。やるなら奴の束縛そくばくを解いてからだ。正々堂々とやってやる。


「まぁまぁ、ここは冷静に話し合おうぜ。まずはお前たちの要望を教えてくれよ」


 大六が話を戻し、進行役を買って出た。その言葉にお葉花魁ようおいらんが反応する。彼女は正座のままじりじりとテーブルから距離を取り、再度着物のすそを整えてから、頭を深々と下げた。


《その節は、大変失礼いたしました。あの子のためと思い、あの子と縁のある者をあやめたのは、わたくし共でございます。誠に申し訳ございません》


 そう言うと、若い殿様も後ずさり、あぐらのままこうべれる。予想外の対応だった。お葉花魁の言葉遣いは現代語になっていた。どういう訳かわからないけれどこの方が聞き取りやすい。


「あっ、いや、顔を上げてください。京香さんのこと、守っていただいてたことには感謝してますから…」


 京香さんが学校でひどい目にあっていた時、助けてくれたのはこの人たちだということはわかっていた。その点に関しては感謝しかない。やり方に問題はあったが…。


《わたくし共はあの城での出来事を機に、考えが変わったのでございます。一つ一つの魂が、おのが進むべき道に行けるよう、あなた様にご尽力いただければと思い、こうしていてきてしまいました。ひらにお許しを…》


「あー…、そういうことなら別にいいんです。…でも僕は何をすればいいんでしょうか?」


 頭を上げたお葉花魁と若い殿様は自分たちがしてほしいことをイメージで伝えてきた。

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