第3話 白滝城の戦いから1ヵ月 ③

 俺は鶴巻高校1年生、葦原唯人あしはらゆいと。この二人は同級生の八重新之介やえしんのすけ後藤紗希ごとうさき。はじめて会ったのは高校に入学してからだ。今は8月下旬だから…まだ5か月くらいだろうか?もう長い間一緒に行動してる気がする。


 新之介は頭もよく、高身長で剣道の有段者。何より気持ちのいい性格で男女ともに人気がある。実家はお寺でお経も唱えられる。念仏が有効な悪霊なんかにはその効果は絶大だ。ただ力任せの神力しんりょくしか取り柄のない俺なんかとは、全てにおいて格が違う。俺の長巻ながまきも新之介と後藤が腰に差している刀も、彼のお寺の宝物である。


 後藤はスレンダーなスタイルの活発な女子。肩まで伸びた髪先がいつもちょっとだけ跳ねている。彼女も新之介と中学まで剣道をしていたらしい。本人いわく「私は新之介よりも強いわよ」とのことだが、その技は危なっかしい。

 新之介が「危ないからついてくるな」と言っても「どうしてよ」と噛みついてくるので、組織から『対怪異用の拳銃』を借りて後方支援をしてもらっている。本人もまんざらではないようで、銃のセンスもかなりあったようだ。今では百発百中の腕前で外したところを見たことがない。でも彼女は刀を抜きたくて仕方ないようだ。


 新之介と後藤は幼馴染おさななじみ同士である。新之介が後藤の小言に答える。


「あんな嘘であの場を切り抜けられると思えなかったんだよ。紗希こそよくあんな白々しいこと平気で言えたよな」


「あー言うしかないでしょ!私だってわざわざあそこにしゃしゃり出て行きたくなかったわよ。でも……」


「…あぁ…まぁ…、そうだな…。助かったよ。紗希のおかげで丸く収まった、ありがとう…」


「…うん、わかればいいのよ」


 三人とも顔を合わせようとはしなかった。車内に沈黙が流れる。口を開いたのは新之介だった。


「唯人…お前あの住人の人…どうするつもりだったんだ?」


「……、わからない…、イライラしてたんだと思う。殺そうとか思ってたわけじゃない、ただ…俺たちにかまうなって思ったら…」


「……」後藤は窓から車外を見ている。新之介も真ん中の座席から前方を見ているだけ。俺も二人と顔を合わせることが出来ずに、伏し目がちに車外を眺めていた。上田初枝はつえが口をはさむ。


「仕方ないでしょうよ、君たちは命を張っているんだもの。何も知らずに寝ていた人たちが、これはどういうことなんだ、説明しろ!警察は呼んだぞ!なんて面倒なことを言ってくればイライラもする。正常な反応だわよ」


 俺たちの視線は助手席の上田初枝に向いた。


「奴らを野放しにしておけば、あそこの住人の何人かは食われていたわね。そして何処かに飛んでって、腹がすけばまた人を襲う。すでにその繰り返しをしていたのかもしれない。胃の内容物を見ればわかるけど…」


「うえー、気持ち悪い」後藤が正面を向いてまゆをひそめた。初枝はふふっと微笑みながら話を続ける。


「この地域の行方不明者は50人を超えたわ。まだまだ被害は出るでしょうね。彼岸ひがんとの繋がりがここまで加速するとは思わなかった。今まで人間に擬態して何気なくこの世に溶け込んでいた悪魔たちまでが、密度の濃いエネルギーのせいで、人の形に戻れなくなっている…まー私たちが仕事をするには、探す手間がはぶけていいんだけどねぇ」


新之介が質問する。


「それなんですけど、本当にそんなことがあるんですか?人間に擬態した悪魔が、この社会にもともと溶け込んでいるって話…」


「本当よ。能力のある一握りの霊能力者だけが、何とか見分けが着くレベルで、上手く擬態してるわ…。大昔からいるのよ、人間に寄生して負のエネルギーを吸っている。奴らは人心をわざとかき乱すように先導して、人同士の争いが生む負の念を食らうのよ。奴らにとっては人の血肉よりそっちの方が至高のエネルギーなの。私たち八咫烏やたがらすはそれと先祖代々戦ってきた。……あなたにも戦うことが出来るでしょ、ねっ葦原あしはら君」


 新之介と後藤が心配そうにこちらを見る。俺は返事が出来ない。初枝さんは更に話を続ける。


「それが何よ、人間にやいばを向けようとしたぐらい良いじゃない。あのガタイのいい住民も悪魔にかかれば子供同然よ、家族全員食われてたって不思議じゃないんだから」


 俺たち三人は初枝さんの言葉を鵜呑うのみにできないでいた。言ってることはわかるのだ。だけどここ数日の出来事は、今まで生きてきた常識とかけ離れたところにある。いろいろなことがあって、頭の切り替えが出来ないでいた。


‶ビービー〟車の車載無線機が警察無線を傍受ぼうじゅする。

『至急、至急。大王町5丁目76番4号 ドラックストア大王町店にて刺殺事件発生。犯人は取り押さえられているとのことだが、抵抗が激しく意味不明な言葉を発している模様。薬物中毒の可能性あり、巡回中の車両については現場に急行願う』


「うーん、これは悪霊に体を乗っ取られた類かな?葦原あしはら君の眼ならすぐに終わるでしょ、一緒に行ってもらえるかしら?もちろん新之介君と紗希さんも一緒よ。どうかしら?」


「待ってください、もう夜中の3時です。この二人は返してあげてください」


「いや、いいぜ。俺もいくよ」新之介が即答で答える


「あたしも大丈夫だよ」後藤もそれに続いた。


「いやお前は帰れ」


「なんでよ」


 新之介と後藤が言い合いを始めた。


「なんでじゃないだろ?こんなん時間まで女子が出歩いてるなんておかしいだろ、危ないから帰れ」


「なによ今更、もう立派な不良娘よ。ここまで来たんだから一緒に行くに決まってるじゃない。また飛んでくる敵だったらどうするのよ」


「今度のは俺の読経どっきょうが効きそうだ、だから紗希は休めよ」


「大丈夫よ、疲れてるのは新之介も一緒でしょ、そんな特別扱いしないでよ。あたしだっていざとなれば刀で応戦するんだから」


「刀はダメだ、危ないことすんな!」


二人はお互いにらみ合ってからそっぽを向いた。新之介も後藤も今夜は限界まで疲れているはずなのだ。

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