第4話 白滝城の戦いから1ヵ月 ④(完)

 俺は二人の会話に入る。


「俺は…二人には休んでほしい…今日はもう十分だから…」


「…唯人ゆいと…お前はまだ狩るつもりなんだろ?」


「うん、まあ…、また次が出てくればだけど……」


「……」


「大丈夫だよ、俺…もう眠らなくてもいい体になってるからさ、疲れもないんだよ」


「……」


 俺の体はおかしくなっている。大量の神力しんりょくが常に流れ込んでくるせいで疲労もさほど無く、眠りについたとしても30分ほどで目が覚める。常にギラギラしていて、いろんなことを考えてしまう。体を動かしてる方がまだましなくらいだった。


「被害が小さい方がいいだろうし、初枝さんたちに行けって言われれば行くだけだよ」


「やっぱり…」


 新之介は押し黙ったまま言葉を発さなくなった。後藤が俺たちの仲を取り持つように言う。


「早く…京香きょうか先輩が帰ってくるといいのにね…。わたし京香さんが帰ってきたら、また一緒にお出かけするんだ。…きっと楽しくなると思う」


「…そうだね…そうなったらきっと楽しいだろうね」


「あと先輩に言ってやるの、ちゃんと葦原あしはら君の暴走を止めてくださいって。あたしたちの言うことなんて全然聞かないで無理するからって」


「……」


「そうだな、唯人が暴走しないように、早く若月先輩に帰ってきてもらわないとだな」


 そう言うと新之介は短く‶うーん〟と背伸びをする。


「と、なればだだ、次の狩場も俺たち付き合うぜ。今夜はそれで帰るから、いいだろ唯人ゆいと


「…うん…、ありがとう…」


 正直、二人がいてくれるのは心強かった。強力な力が使えるようになった反面、自分が何者なのかわからない瞬間がしばしばある。もう普通の高校生活も出来きず、人として真っ当な毎日が送れない気がしていた。

 しかし、この二人はそれを強力に現実へと引き戻してくれる。俺が倒してきた魑魅魍魎ちみもうりょうと同じように、心まで化け物になる寸前で、いつも食い止めてくれているのだ。


 初枝さんの携帯電話が鳴る。


「はい、――――そうなの、じゃあそのまま待機させといてくれる、すぐにそっちに着くわ。状況を把握してからみんなで取り掛かりましょう―――そうよ、じゃあね――。先に谷田川和尚せたがわおしょう尚仁和尚なおひとおしょうが着いたらしいわ。憑依ひょういが付近の人間にも出始めてるそうよ。あたしは悪鬼が出てくる風穴ふうけつを閉るじから、葦原あしはら君と新之介君は悪霊たちの処理をお願いね」


「はい」


「後藤さんは市街地になるから弾はLHPに切り替えておいて。結界を出そうな憑依体ひょういたいがいたら打ちなさい、周りに被害を拡大させないために。銃弾はまだあるかしら」


「はい、あと…20発くらいあります」


「よろしい」


 車がドラックストアの前に着く。既に規制線きせいせんが張られ、立派な袈裟けさを着たお坊さんと、私服姿の中年の男性がお経を唱え、結界を張りつつあった。初枝さんが助手席から重い腰を上げる。


「さあ、行きますか」


 俺は自分の眼を対悪霊ように切り換える。角膜が金色に変化し虹彩こうさいがギラギラと輝きだした。


「フフッいつ見ても綺麗な眼ね」初枝さんが言う。


「そんないいもんじゃありません……」


 白々と夜が明けてきている。結界の中には無数の悪霊が飛び回っていた。新之介と後藤の手を取り、二人にも俺が見えているものを共有する。


「いるな―。唯人、俺は不動明王真言しんごんを唱えるから、真言が効かない奴らを頼むよ」


「わかった。後藤は結界の外で憑依してる人が出てこないか警戒してて。撃たなくてもいいようにするけど、万が一があったら頼むね」


「うん、任せてよ。特殊な弾だから当たっても少し体に食い込むくらいよ」


 後藤は人を撃つということに迷いはないようだ。


「いいか紗希、撃つのは万が一の時だけだぞ」


「わかってるわよ、うるさいわね」


 後藤の事ばかりは言っていられない。俺たちもいざとなれば憑依体の人間を切らなければならない……。


 あと一か月…、あと一か月の辛抱だ。9月23日、秋分の日に大規模な鎮魂祭ちんこんさいが行われる。その鎮魂祭でこの地域全体に結界を張るのだ。

 八咫烏はじめ有名な霊能力者も集結すると初枝さんが言っていた。それを超えれば俺たちの日常は戻ってくる。今はその希望にしがみ付くことしかできない。


 俺を先頭に上田初枝とそのお供が二人、最後に新之介が結界内に足を踏み入れる。無数に彷徨さまよう悪霊を目の前にして、俺の気持ちは急激に苛立いらだった。


(お前らのせいでこうなったんだろうが、全部消えろ!)


 俺の体から、吹き出すように金光が飛び散らかる。それは瞬く間に結界内外を飲み込み、半径100メートルまで拡大した。嵐のような光の強風がその中で渦巻いている。


「ヒューー凄いわねっ」


「唯人、そこまでしなくてもいい!」


 周りの声は耳に入らなかった。八咫烏だろうが上田初枝だろうが何でもいい。近隣住人への配慮だとか、常識の範囲だとかモラルだとか人間性だとか…もううざったい。こいつらをしずめさえすればいいんだろう?やってやる!

 この体に充満したエネルギーを発散したかった。悪霊だろうと妖怪だろうと悪魔だろうと何でもいい。頭の中を空っぽにして、死んだように眠りたい。

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