第2話 白滝城の戦いから1ヵ月 ②

「な、何をしてるんだ」


 付近の住人が何人か駆け付けて、勇気のある人が恐る恐る声を掛けてきた。俺と新之介がその人たちに目をやると、住人たちは少しのけぞった。なにしろ刀を持った若造二人が、得体のしれない死体の横で突っ立っているのだ。

 赤くあからさまな血ではないにしろ、横たわっている悪魔たちの死体を見れば、それが人間だと思っても仕方ない。自宅の窓から顔を出している人やスマホで撮影している人もいる。

「キャッ」女性が短く悲鳴を上げた。段々と辺りが騒がしくなってくる。


「ど、ドラマか映画でも撮ってるのか?こんな時間に?そんなの聞いてないぞ」


 俺と新之介は無言でその場に立ち尽くしている。こっちは命懸けで悪魔と戦ったのだ。少しの間クールダウンさせて欲しい……。

 新之介がこちらに歩いてくる。俺の腕を取って、そのまま真っ直ぐ立ち去ろうとしていた。すると、正義感のありそうなガテン系の男性が


「ちょっと待ちなさい、その刀を捨てなさい。警察呼んであるから、そこを動くんじゃない!」


 と、至極当然のことを言ってくる。俺は新之介と顔を見合わせる。新之介が目で『行こう』と合図を送ってきた。その合図にまばたきで返し、無視して歩き出そうとする。


 ガテン系の住人がこちらに走り寄ってくる。正義感なのか自尊心なのか、少し先のことを想像できない人なのか…こちらは刃物を持っているのが見えないのか?どこからどう見ても俺たちは明らかな危険人物だろう、自分が切り捨てられる絵が浮かばないのだろうか?いや違うな、それを想像できても、自分は死なないと思い込んでいる。そして皮膚がバッサリと切られた痛みと恐怖を知らないのだ。

 善悪を考えることもなく、俺の右手が長巻ながまきを持ったまま、その切っ先をガテン系の住人に向けようとした。その瞬間、近くの茂みから飛び出すものがある。


「あーーはは、どーもー、映画の撮影なんですー」


 同級生の後藤紗希さきだった。制服のスカートをヒラヒラさせながら、慌てて割って入ってくる。飛んでいたガーゴイル2匹を狙撃したのも彼女だ。「戦いにスカートはどうかと思うよ」と事前に話していたが、「拳銃をしまうホルスターが太ももにあった方がカッコいい」とのことで、このスタイルをつらぬいていた。


「え?映画の撮影?」


「そうなんですよー、もうこの馬鹿二人は説明下手でぇー、ほら、迷惑かけたんだから一緒に謝るよ」


 そう言うとこちらを見た後藤は目をぐるぐると回しながら『ほらッほらッ』と必死でせかしてきた。俺はその後藤の表情で我に帰る。新之介もホッとしているようだ。三人で「ご迷惑おかけしてすいませんでした」と頭を深々と下げる。そのとき『組織』の車が到着した。中から出てきた黒いスーツ姿の男たちが


「住民の皆さん、ご迷惑をおかけしました。手違いがあったようで、これは映画の撮影になります。お騒がせしてすいませんでした。すぐに片付けますので場所を開けてください。」


 と、人だかりを散らし、手際よく規制線きせいせんを張り始めている。どう見ても映画のスタッフではない物々しさが漂っている。

 横付けされた車のうち、黒い外車の助手席ウインドウが開き、指輪だらけの左手が現れた。その赤いルビーが光る人差し指が、クィクィっとこちらを呼んでいる。後藤が俺と新之介の腕を持ち


「ほんとすいませんでしたー、今後は気を付けますからー」


 と愛想を振りまきながら住人に挨拶をし、外車の方に向かう。「ほら、早く入りなさいよ」と俺たちを車の後部座席に放り込むと、バタンとドアを閉めた。車はゆっくりと発進する。


 助手席から俺たちを呼んでいた、黒紫のドレスに、ごつい装飾品で身を固めていた組織の偉い人、上田初枝がルームミラー越しに話しかける。


「派手にやったわね……でも仕方ないね、あんなモノを相手にしたんだから。怪我は無いの?」


 彼女の眼光は鋭い。若く見えるが年齢はかなりいっている、五十歳くらいではなかろうか?栗色のつややかな髪を後ろで束ね、首にも重厚なダイヤのネックレスをしている。

 彼女の前では警察署の署長さんだろうと頭が上がらない。なんでも国直属の組織だとか、『八咫烏やたがらす』だとか?紹介されたときにそう名乗っていた。


 俺はこの人たちと契約をしたのだ。協力すれば京香さんの刑を軽くしてくれるという条件で。「あの子の刑罰がとこまで軽くなるかは、フ――あなたの頑張り次第だわね。フ――」煙草をくぐらせながら、底の見えないノルマを課せられた時のことをふと思い出す。新之介が『怪我けがは無いの?』との初枝の問いに答える。


「俺は大丈夫です。それより唯人ゆいとが電柱の天辺から地面に落ちました。どこか怪我してないか見てやってください」


「……無茶するわね…。葦原あしはら君…大丈夫なの?」


「大丈夫です。あのくらいなら何とか…」


 新之介は相変わらず心配そうにこちらを見ている。しかし、彼の横で、ぷりぷりした顔の後藤が物申す。


「もう、葦原君も新之介も言い訳しなさいよ、あのままじゃ私たちが悪者になってたでしょ」


 普段から可愛いが、怒ったところもまた可愛い。そんな素振りをされると‶ごめんなさい〟としか言えなくなる……。

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