第五話

「私の名はロート。大陸中を旅する放浪の魔法使い……とでも言っておこうか」


 そう男は言い、ハノに自己紹介をし、あいさつ代わりに、とまた指をはじき、先程までひと言も声が出なかったライナーの状態を戻してやった。その一瞬とも言える出来事に、ハノもライナーも唖然としている。

 大陸は広く、クロイツ国のように竜人がいる国もあれば、魔法使いがいて、魔法が当たり前に使われている国もあると、父の蔵書の地理の本で読んだことがあった。

 しかしだからと言って、いま目の前に彼が現れたことや起こったことを、そのまま信じろと言われても無理な話だ。


「二人とも、まだ信じられんと言う顔だね?」


 ロートにそう苦笑され、ハノとライナーは互いの顔を見合わせる。しかしロートはその反応に怒りだすこともなく、またパチンと指を鳴らしてみせた。

 するとどうだろう。書斎の大きく破れたままの窓ガラスとカーテンが、たったそれだけで新品同様に直ってしまったのだ。


「え? え?」


 ハノが思わず窓辺に駆け寄り、元の姿に戻った窓ガラスやカーテンに触れる。触れてもそれらは崩れたり壊れたりする様子もなく、当たり前のようにそこにある。


「どうだい? 少しは魔法を信じてもらえたかな?」

「すごい……あの、なんでも直せるの?」


 ハノが新品同様になった窓ガラスに触れながらロートに問うと、ロートは鷹揚にうなずく。


「まあ、たいていのものはね。この屋敷だって、私の手にかかればすぐに直せる」


 ロートは腰の手を当て、心なしか得意げに胸を反らしている。どうやら相当な力を持つ魔法使いのようで、そして自信家でもあるようだ。

 これならば、とハノはひらめき、思い切って尋ねようと口を開きかけたのだが――


「しかしまあ、死んだ者は蘇らせられないよ。それは魔法使いの絶対に破ってはいけないおきてに反するからね」


 ハノの前に指を差し出され、左右に揺らしながらそう言われてしまうと、それ以上ハノが聞きたいことはなくなってしまった。

 もしかしたら、砂になった家族たちの墓を掘り起こし、魔法とやらで生き返らせられるなら、と思ったのだが……どうにもそれは禁忌のようだ。


「もしかして、お前さんの家族を蘇らせたかったのかい?」

「うん……でも、ロートに悪い事をさせちゃうなら、やめておくよ」

「っははは。いい子だねぇ、ハノは」


 そう言いながらハノの頭をひと撫でするロートを、ライナーが怖い目で睨み付けている。殺気さえ感じる眼差しに、ハノははらはらと気を揉みつつ見つめる。


「あんたみたいな有能な魔法使いが何故ここにいる? 魔法使いはすべからく国の政策に協力する義務があるんじゃないのか?」

「義務? それはその国にしがみ付いて生きる、勤勉な者達が果たすもんだな。私のように流れ者には関係ない」


 肩をすくめて笑うロートに、ライナーは呆れたように溜め息をつく。

 魔法が当たり前のように存在する国では、有能な魔法使いは衣食住の保障と引き換えに、国に貢献させられることが多い。そのため政策に貢献せよと言うお触れを出している国も少なくないという。ハノのいるクロイツ国では魔法の存在自体が稀有けうであることと、ハノが幼かったこともあって、そういった世の中の仕組みを知らなかった。

 ライナーから軽くそのような話を聞かされた上で、自らを「放浪の魔法使い」と名乗るロートが、どうしてここにいるのかが気になってくる。


「じゃあその流れ者のあんたはここで何をしているんだ? 牙が目当てなんじゃないだろうな?」


 当然、ロートをまだ欠片も信用していないライナーからそのように問われ、ロートは、ああ、と軽い調子で答えた。


「クロイツの辺りに住まう竜人の生態を確かめたくてね。それに最近ではきな臭い動きが周囲に多くて、牙の値が上がっているとも言うし。その理由を探りに来てみたんだが――」


 そう言いながらロートが見渡すのは、直したばかりの窓際の真新しさが際立つほどに、傾いた書棚やほこりにまみれた蔵書の山などの荒れた室内の光景。


「……どうやら、私より野蛮な考えをしていた者達がいたようだな」


 書斎の光景、そしてここに来るまでに目にしたであろう、屋敷の破壊しつくされた光景のことも指しているのだろう。ロートは苦々しげに顔をしかめ、ため息をついた。


「賊が、一年ほど前にここにいきなり来たんだ。僕は乳母のニーナのお陰で助かったんだど……他はみんな……」

「そうらしいな。近隣の家々でも、このお屋敷が襲われたことを知らない者はいなかったよ」


 むごいことをするもんだ、とロートは顔をしかめ、首を横に振る。

 ハノはその様子から、ロートが賊たちのように、自分の牙を目的にここに来たのではないのではないか、と、賊のことを“野蛮”と切り捨てるように言い表したことからも、そう直感した。

 思っているより悪い人ではないのかもしれない……そう、ハノが考えていると、ロートがハノからライナーの方を見やり、片頬をあげる。


「そういうお前さんは、見たところ兵隊崩れのようだが……そちらもワケアリかな?」


 脱走兵とかかな? というロートの指摘に、ライナーはグッと口をつぐみ、目を逸らす。バツが悪そうでもあるライナーの様子に、ロートはくすりと笑んでやけに馴れ馴れしく肩を叩いてくる。


「そんな顔をしなさんな。私はべつにお前さんをお役人にひったてようなんて思っちゃいないよ」

「……じゃあ、何が目的だ」

「簡単なことだよ。竜人の生き残りであるハノの暮らしぶりを見させてほしい。出来るなら、同じ屋根の下で」

「なっ……! そんなこと言って、隙を見て牙を狙うんじゃないだろうな!」


 いまにも鞘に納めたナイフを取り出しかねないライナーの様子に、ハノが思わずその腕をつかんで止めていた。


「待って、ライナー。この人はそんな悪い人じゃないよ」

「なんでそう言えるんだ、ハノ」


 何でと言われると、そんな感じがするから、としかハノには根拠がない。言葉の端々から感じる雰囲気が、様子が、賊のような粗悪さを感じさせないから。と言うことぐらいしか、ハノにはわからない。

 問詰められて言いよどむハノに、ライナーは肩に手を置き、幼子に言い聞かせるように説いてくる。


「いいか? いまは耳障りの良い事を言っているかもしれないが、相手は魔法使いだ。何をどうしかけてくるか油断がならな――」

「それは、さっきお前さんが口封じされたみたいに、ってことかな?」


 図星なのか、ライナーはムッとした顔を隠さず、そのままロートを睨みつけている。もちろんロートが意に介する様子はなく、それどころかハノの方に歩み寄り、少し高い視線を、屈んで合わせて尋ねてきた。


「私は、お前さんに危害を加える気は一切ない。ただ、竜人と言う不思議な存在の生態を知りたいだけなんだよ。しばらくの間、空いてる部屋なんかで厄介にならせてくれないかな」

「あ、えっと……」

「迷惑はかけない。なんなら、私の魔法で屋敷をきれいにしたっていいよ、もちろんタダで」


 返答に迷うハノに、ロートはそうおどけるように言い、片目をつぶる。その様子にハノはくすりと思わず笑い、そしてライナーをうかがう。

 ハノも十八ではあるし、ヴェルグ家の嫡男であり、主だと日頃から思っては来たが、何かこんな大きな決断を任されたことはいままでにない。何より、いまハノの保護者のような立場にあるのはライナーのようにさえ思えてくる。

 だからどう返事をしたものかと窺っていると、ライナーは仕方がないと言うようにため息をついた。


「ハノが決めろ。君がこの屋敷の主なんだろう?」


 一見すると、冷たく突き放すような言い方にも聞こえるが、そう告げてくるライナーの目はいつもと変わらずやさしくあたたかい。ハノを見守り続けて来てくれているやさしさのある眼差しに、ハノは自分が一人前に扱われたような喜びを覚えた。

 ハノはこくりとうなずき、ひざまずくようにしているロートの手を取り、答える。


「ヴェルグ家の主として、ロートの滞在を歓迎します」


 初めての客人への挨拶を、ロートもライナーも茶化すことなく、微笑みを湛えて受け止めてくれた。


「御心遣い感謝いたします、ハノ=ヴェルグ殿」


 こうして廃墟と化したヴェルグ家の屋敷に、新たな住人が加わることとなったのだ。



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