*第三章 新たなる住人

第一話

 ハノは相変わらずライナーと寝室を共にしているのだが、ロートはハノたちの眠る部屋とは中央のエントランスホールを挟んで反対側の部屋に置かれた。

 ハノとしては、三人同じ部屋でもいいのではないか、と思ったのだが、そこはライナーが頑として譲らなかったからだ。


「相手は自称有能な魔法使いだ。何をされるかわかったもんじゃない」

「ロートはちょっと変わってるけれど、ヘンなことはしないよ。……たぶん」

「たぶん、の話だろう? ハノ、君は確かにもう十八歳かもしれない。立派な竜人の尻尾もあるし、牙だって美しい。だがな、ハノ。君はこの屋敷から出たことがないだろう?」


 そう言われてしまうと、ハノは何も言い返せなくなり、ぐっと口をつぐんでうつむくしかない。

 ライナーの言わんとしていることを、理解できないほどハノは子どもでいるつもりはない。両親が健在ならば、然るべき竜人としての教育を受け、知識を身に着け、そしてヴェルグ家の嫡男としてももっと本格的な振舞いを学ぶ機会があったことだろう。

 でもいまハノと共にいるのは、脱走兵であるライナーだけで、ハノはあの襲撃以降身を守るためにほとんど屋敷の外に出たことがない。ライナー以外の人間に接したことが皆無と言えるハノに、何を考えているか、何をしてくるかわからないと思われるロートを近づけるのは、危険だと考えるのは当然だろう。

 すべては、ライナーがハノを守ろうとしてくれているから。その気持ちは有難く嬉しいのだけれど、何故か素直に受け止めて納得しきれないのもまた事実なのだ。


(でもだからって、ライナーの言うとおりにしてるのって、僕が小さな子どもだって認めているみたいで、すごくイヤなんだよな……。十八で立派だっていう割に、ライナーは結局僕をそう言う扱いしてるわけだし)


 自分はもう充分に大人だ、そういう扱いをしてくれ、と言えば、ライナーはどうするのだろう。ライナーは、幼いと思っているハノを守るためにいるのだから、「そうか、じゃあもう俺はここにいなくてもいいよな」と言って、荷物をまとめて出ていってしまうかもしれない。容易に導き出せた結論に、ハノは心が沈んでいく。


「子ども扱いしないで、って言ったら、ライナーは出ていっちゃうかもしれない……でも、子ども扱いのままなのは、イヤだし……」


 ロートが転がり込んできてからというもの、ハノとライナーは毎日のように言い合いをするようになった。言い合いのきっかけは些細で様々なのだが、要約すると大体は「ライナーがハノを子ども扱いしている」になる。

 子ども扱いしないで! というようなことを、ハノが言えば、ライナーはハノが外の世界を知らないことを盾にしてくる。ならばとハノが外へ行きたいとでも言おうものなら、ライナーは頑として首を縦に振ろうとはせず、柱時計のある広間へと連れて行こうとする。その堂々巡りなのだ。

 ついには取っ組み合いになることもあるが、力だけは竜人であるハノの方がもう随分と強いし、動きも素早いので捕まえようとするライナーの手をかわすことができるが、それでもライナーがそこまでハノを外に出したがらない、その上に子ども扱いすることが納得いかない。

 結局今日も、食材を手に入れるための狩りにさえも、ハノは連れて行ってもらえなかった。


「外の世界のことは、俺が教えてやる。知りたいことがあれば何でも聞けばいい」


 そう、ライナーはいつもハノを宥めてくるのだけれど、それでハノが自身を子ども扱いされてないと溜飲が下げられるのであれば、いまこうして悶々とサンキャッチャーを睨みつけていない。

 ちっとも進まない本を閉じ、ため息をついて椅子の背もたれに寄りかかる。数か月前まで足もつかなかったそれは、もうすでにハノにはちょうどいい高さだ。


「椅子だってもう丁度良くなったのに……まだ僕は、六歳のままなのかな……」

「随分とお悩みのようだね、ハノ」


 ため息交じりに背もたれで伸びをするようにも垂れかかっていると、背後からロートの声がした。振り返っても姿は見えず、前を見ても、左右を見てもいない。きょろきょろと見渡すハノの姿を、くすくすと笑っている声がぐるぐると周囲を巡る。

 ハノは目をつぶり、声が聞こえる方向を探る。右に、左に、踊るように動く気配を読み解こうというのだ。


「……見つけた!」


 そう声をあげ、ハノから向かって左斜め奥に振り返りつつ手を伸ばすと、ハノは揺らぐすみれ色のマントの裾をしかっとつかんでいた。それはロートがまとう魔力を保持している魔道具の一つで、身に着けていると消えたり、宙を飛んだりできると言う。

 ロートはハノに捕まっても、驚いた顔をしつつも嬉しそうで、「おや、捕まったか」などとのんきに笑う。


「さすが、竜人ともなると動体視力が常人とは段違いだねえ」


 褒められているのはわかるのに、やはりロートもハノを子どものように扱ってくる。それが気に喰わなくて、ハノはマントの裾をパッと離し、ムスッと顔を背ける。


「……べつに、そういうの出来たって、ロートもライナーも僕のこと子どもだって言うんでしょ」


 明らかに拗ねているハノの様子に、ロートは、おや? とばかりに眉をあげ、こちらを覗き込んでくる。


「あいつはそんなことを言うのかい?」

「はっきりそう言ったわけじゃないけど……でも、僕のこと、“十八歳だけれど屋敷の外のことを知らない”ってすぐ言うんだ。外に連れて行ってくれないくせに」

「ッはは。そいつは矛盾してるねぇ」


 ロートが肩を揺らして笑うのでハノは気を良くし、「ロートもそう思うよね?」と、前のめりに同意を求める。しかしロートは、それには頷こうとはしてくれない。

 ハノが問うように眉根を寄せてロートを見やると、ロートは少し考え、こう提案してきた。


「そんなに言うなら、私と出掛けてみるかい?」

「出かけるって……外へ?! 行きたい!」


 思いがけない提案にハノが食いつくようにロートに顔を近づけると、ロートは困ったようにハノを宥め、それから、「一つ約束してくれるかい?」と言うのだ。


「約束?」

「お前さんがこれから見聞きすることは、すべて私の魔法じゃない。それだけは覚えておいておくれよ」

「う、うん……」


 なんでそんなことをワザワザ言うのだろう。ハノが不思議に思いつつ首を傾げていると、ロートは少し目を伏せるようにして視線をそらし、「じゃあ、交渉成立だ。早速いまから行こうじゃないか」と、呟いた。

 ロートはそう言うが早いか、パチンと指を鳴らしてたちまちそれまで着ていた、くたびれたローブ姿から、仕立てのいいジャケット姿になり、ハットも被っている。ハノもまた、普段のシャツやズボンよりも少し小奇麗な服に着替えていた。二人が姿見の前に並ぶと、品のいい令息とその父親に見えなくもない。


「さあ、行くぞ、ハノ」


 そうロートにエスコートされるように、ハノはロートとは並び歩き出し、屋敷をあとにした。



 ハノがかつて屋敷の外に出る時は、父や母、もしくはニーナと一緒で、必ずと言っていいほど馬車に乗せられたものだった。まだ六歳にならない幼子であったこともあり、その回数は両手で足る程度しかない。

 それでも屋敷の外に広がる集落の景色や森の景色は、屋敷にはない賑やかさや活き活きとした雰囲気があったことを覚えている。

 あの時は遠くの親族の屋敷に挨拶に連れて行かれた時であったかもしれないし、両親と珍しくピクニックに出かけた時だったかもしれない。頬を撫でる風にみずみずしさや花の可憐さ、市井の人々の活気ある様子は、屋敷に戻ってからも繰り返し思い返しては胸をときめかせていたものだ。

 でも今回は少し趣が違うらしく、ハノは出発から戸惑うことになる。


「ねえロート……いつになったら馬車に乗るの?」


 支度をし、玄関を出たまでは良かったが、ロートは馬車が横付けされる門前を出てしまい、そのままどんどん外へと歩いていく。以前はその門のところで馬車に乗ったはずなのに。

 門を出て十分ほど歩いた辺りで、耐えかねたようにハノが尋ねると、ロートはけろりとした様子で答える。


「馬車? そんな御大臣のような物はここにはないよ」

「え? だって、父様たちと乗った馬車が……」

「ハノ。賊が盗っていくものは何も牙や調度品ばかりじゃないんだよ。いい馬がいりゃそれを盗んで遠くまで逃げる。そう決まってるじゃないか」


 ロートに苦笑されながら諭され、ハノは確かに、と気づいた。賊に屋敷を襲われてから一年近くが経つが、一度だってハノは馬小屋の世話をしていないのだから。

 いや、もしかしたらライナーがしてくれていたのかもしれない……と、一瞬考えもしたが、彼がそのようなことをしていたら、きっと、馬の様子だとか何某かの話題にしていたはずだ。

 それがないと言うことは、ハノはいまのいままで、屋敷の馬まで盗まれていることを知らなかったことになる。


「……そんな、知らなかった……僕、ヴェルグ家の主なのに……」


 主として、財産とも言える馬の存在を忘れているなんて、あってはならないはずだ。

 自分の無知さを思い知り、恥ずかしくなってうつむくハノに、ロートはそっとその頭を撫でてくる。


「仕方ないさ。お前さんはいまのいままで外に出ようと強く思えないほど、生きていくのに必死だったんだから」

「……そう、なのかな……」

「そうとも。その馬のお陰で、下手に屋敷を必要以上に荒らされて、ハノが見つかることがなかった……と、考えたらどうだい?」


 どうだろう? と、顔を覗き込まれ、ハノは、その通りかもしれないと思い直して小さく頷く。頷くと萎れかけていた気持ちが少し上向く感じがし、ハノは改めてこくんと頷いて小さく笑った。


「だからまあ、思っているほど遠くには行けないが、退屈はさせないよ」

「うん。だいじょうぶ」


 そう言い合いながら、二人はゆっくりと最寄りの集落の方へと歩き始めた。



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