第四話
ライナーからサンキャッチャーをもらい、ハノは翌日にさっそく書斎の窓枠につるしてみた。春先の柔らかな日差しを受け、宝石のようにサンキャッチャーがきらめく様は、いつまで見ていても飽きが来ない。
本の開いたページや、ハノの美しい薄緑の髪にもきらめきが降り注ぎ、なんだか特別に素敵なものをプレゼントされた気がして、ハノはひとり小さく微笑む。
ライナーは今日も周辺の家々の畑の手伝いに出向いていて、ハノはその間に掃除をしたり、洗濯をしたりして屋敷を片付け、そして今ほっと息をついている。
家族を亡くしてそろそろ一年近くが経とうとしている。あの当時たった六歳の幼児の姿だったハノは、成長期に入ったことでたちまち十八歳の青年の心身に成長していた。
身も心も立派な青年になりつつあるのに、ライナーは今朝も出がけにハノにこう言ったのを思い出す。
「いいか、ハノ。誰か尋ねて来ても絶対に顔を見せるんじゃないぞ。最近この辺りでは見慣れない男がうろついているらしいからな」
まるでハノが出会った頃の六歳児であるかのように、出かける前には必ずライナーはそう言ってくる。知らない者を屋敷に入れるな、顔を見せるな。それはハノがあの日ニーナに言われた言葉にそっくりで、まるであの頃から扱いが変わっていない。
「僕だってもう家のこともできるし、料理も作れる。柱時計に隠れているより、竜になる方法を覚えて相手を倒した方がいい気がするのに」
一人掛けの椅子に座り、サンキャッチャーを見上げながら呟くと、それがまるでハノの不満に同意するかのようにきらめいるようだ。
この頃こうやって、言葉にするには難しい気持ちが良くハノの胸中に過ぎる。言葉にならない何かは、ハノの薄い胸や細い喉の奥でぐるぐると渦巻いて、一層イライラさせる。
ライナーと食事を作っている時だったり、寄り添って眠っている時だったり、ライナーが傍にいると余計にそんな気持ちにさせられ、そして、ふいっと顔を背けつつ言わなくていいことも言ってしまう。
「でも、どうしたらいいんだろう……ライナーといるのは嬉しいしホッとしてるのに、それを伝えようとするとイライラしちゃうんだよな……」
幼少の姿だった頃のように、ただライナーの後ろをついて行って、背中に飛びついたり、寝台で横になる時にぴったりとくっついていたり、ということがやりたいのに出来ないのだ。そうしようとすると恥ずかしさが先に立ってしまい、手が停まる。それもまた、ハノの心をイライラさせている要因でもあるのだけれど。
しかもそのイライラを、ライナーはすべて自分のせいのように言い、勝手に申し訳なさそうに眉を下げて苦笑したりするものだから、まるでハノが悪いような気がしてくる。ハノはまだ小さいから仕方ないな、なんて言われているようで、ムカッとしてしまうのだ。あと後になって、そんなことひと言も言われていないと気付けるのに。
「あー、もう……僕はもう人間で言うなら十八、大人なんだぞ。ヴェルグ家の嫡男として、立派な
ひとり憤慨しながら、ハノがパシンと腰のあたりに揺れる尻尾で床を叩きつつ呟くと、「ピュリッ」と、小さな声が同意するように聞こえた。
見ると、窓辺に小鳥が数羽止まってこちらを見ている。薄水色の羽を震わせ、つぶらな瞳がハノを慰めているようだ。
「君たちもそう思う? ライナーは僕を子ども扱いしすぎてるって」
膝を組み、そこに頬杖を梳くようにして前屈みになって溜め息をついていると、「ああ、そうかもしれないねえ」と、どこからか声が聞こえたのだ。
「?!」
小鳥とは明らかに違う、人間の、それも大人の男の声がした。かつて屋敷を襲撃してきた賊の姿を彷彿とさせる声に、ハノは思わず立ち上がり身を低くする。
屋敷の扉や窓はほとんど機能しないほどに破壊されていて、一応の応急処置はしてあるものの、当然万全ではない。だからライナーはやむを得ずハノを残して出掛ける際、しばらくは柱時計にハノを隠していたのだ。
しかしいまはもう、ハノは柱時計に入らないほど大きくなっているし、声はすぐ傍で聞こえた。声の主はこの部屋の中にいるかもしれない……そんな嫌な予感に、ハノの背に冷や汗が伝っていく。
出来る限り気配を消し、姿が窓から見えないように。もし万一侵入者に気付いた時の対処法を、ライナーから教わってはいたが、まさか本当に使うことになるなんて。
心臓がうるさいくらいに騒ぎ、呼吸が速くなっていく。
侵入者はどこにいるのか。ハノに声をかけてきたということは、ハノの姿を、竜人であることを目撃しているのだろうか。
いつから、どうして……声をかけられるまで全く気付けなかった相手の気配を、いまさらに探るように神経を張り巡らせていると、ポン、とハノの肩を叩かれた。
「ひゃぁ!!」
飛び上がらんばかりに、いや、実際僅かに飛び上がっていたかもしれない。ハノは不意に肩に触れられたことに驚き、悲鳴を上げて咄嗟に後退ろうとする。
しかし相手はちょうどハノが飛びのこうとしたところにいたらしく、立ちふさがる形になって退路を塞がれてしまった。
ああ、もうダメだ――そんな絶望感を覚えながらぎゅっと目をつぶっていると、「ハノ!!」と、ライナーが叫ぶように呼ぶ声がした。
そして同時にハノは目を開け、床を蹴ってライナーの声がした方へ駆けていく。
ライナーはハノを後ろに庇うように立ちふさがり、先程の声の主に対峙するようにナイフを構える。銃は今日集落に出かけるので置いて行っていたのだろう。
「おいおい、ちょっと声をかけただけじゃないか。そんなにおっかない物出してくるこたないだろうに」
そう言いながら呆れたように肩をすくめているのは、銀色の緩いウェーブがかった肩までの髪に、痩せてすらりとした背格好、そして夜明けの空のような紫色の瞳が緩く弧を描いて微笑む、年齢が若いのか老いているのかよくわからない男だった。
ハノやライナーよりは年上のようだが、ハノの父より年下のようで、うんと年寄りにも見える。何よりナイフを向けられているのに、くすくすと困ったような顔をして微笑んでいるあたりが、油断ならない気がする。
「人の家に黙って上がり込んでこられたら、誰でも警戒するだろう」
ライナーが低く威嚇するような声で言い返したが、男はやはり意に介する様子はなく、「家? ここが?」と、驚いたような、呆れたような声で尋ね返してきた。
屋敷は確かに襲撃のせいでボロボロだが、屋根が落ちたわけでもないし。壁に大穴が空けられているわけでもない。これでも襲撃直後よりはうんと片付いた方なのだ。
「ぼ、僕の家だよ……ここは……」
おずおずとライナーの背後からハノが答えると、男は「ほぅ」と言うように眉をあげ、それから一人うなずきながらこちらへと向かってくる。
当然ライナーはハノを隠すように立ちふさがっているものの、男は間近に迫ったところでふいっと姿を消した。
「消えた?!」
ライナーとハノが声を揃えて辺りを見渡していると、突然ハノが後ろから何かに捕らえられ、絡め取られてしまった。
ハノを背後から抱き寄せて来たのは、先程のあの男で、ライナーもハノも驚きで声も出ない。
「ハノ! 貴様、ハノを放せ!」
ライナーがナイフを構えつつ凄む姿を見つめながら、ハノは恐怖で震えていた。自分も牙を奪われて殺されるのかと、あの日の光景がよみがえってきたからだ。
ライナーの名前さえ呼べずに怯えるハノに、男は思いがけない言葉をかけてくる。
「どうした、そんなに震えて。お前さんは竜人の……ああ、まだ子ども……大人になりかけだね?」
そう言いながら、男はハノをくるりと裏返すように振り向かせ、自分と向き合わせる。向かい合った紫の瞳が、じぃっと興味深そうにハノを、ハノの口元や赤い瞳を見つめてくるのが、生きた心地がしないほど恐ろしい。自分も、家族のように牙を抜かれてしまうのか、と恐怖が離れない。
「だったらどうした! さっさとハノを放さないか!!」
「うるさいやつだねぇ……いま研究対象を確認してるんだ。少しの間黙ってておくれよ」
ハノの解放を要求しつつ叫んでいたライナーに、男は忌々しそうにそう呟いたかと思うと、ピンと指をはじき、何かをライナーの方に飛ばした。
するとどうだろう。あれだけ喚いていたライナーの口が、まるで縫い付けられたように急に閉じられて声が出なくなってしまったのだ。
「んぅ! んー!!」
「口を塞いでも煩いやつだねぇ……まあ、いい。しばらくそうしてておくれ」
溜め息交じりに男はそう言い、「さて、お前さんは私と少しお話してくれないかい?」と、先程までよりもやわらかい口調で声を掛けてくる。幼子にするようなものなのに、いまのハノには安心する声にも聞こえる。
「僕が、お話……?」
ポカンとハノがそう繰り返し尋ねると、男はゆったりと笑い、それから先程までハノが座っていた、蹴り倒されてしまっていた椅子を起こし、座らせてくれた。
「そう。お前さんがどうしてここにいるのか、私に話してくれないかい? もちろん、私の話もしよう」
男がハノの不安げにしていた顔を覗き込みそう言ったことで、ハノは少しばかり安堵する。そして声が出せずもがくライナーを見やりながら、男からの言葉を待った。
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