第三話

 雪に降り込められる季節が過ぎ、屋敷の庭の樹々が芽吹く季節となる頃には、ハノはより背丈が伸びていた。


「竜人の成長速度がここまで速いとはなぁ。見た目なんて人間で言えば十八の立派な青年だな。ついこの間まで俺の胸元のあたりの背丈だったのに」


 朝が来て、朝食を作るために厨房で並び立つたびに、ライナーがハノを見つめ、目を細める。出会った時よりもかなり背丈が伸びてはいるが、それでもハノはライナーより頭一つ分小さい。

 それでも、ほんの昨日まで幼い子どもだった彼が、たちまち自分と変わらない背格好になってしまうのだから、ライナーが毎朝感慨深げにするのも無理はない。

 しかし、ハノとしてはいまでは十八の年頃の青年に成長しているつもりなので、毎朝のようにそうやって幼子のような態度をとられてしまうのが少し不満だ。


「もう、またそう言う。僕だってもう十八なんだったらさ、大人の扱いをしてくれたっていいじゃない」

「見た目はな。でもハノは人間で言うならまだほんの子どもな気がしてさ……そしてそろそろ成長が止まるんだろう?」

「そうだよ。僕はもう大人と同じなんだから」


 得意げに胸を張るハノは、いまは一人でもスープを作ることができるし、時にはパンだって作ることも出来るようになっている。成長に伴い、習得できることも増えているのだろう。

 ハノは毎日習得していくことが目に見えて増えていくのが楽しく、この頃は父の書斎に残されている本を読むことに夢中だ。肝心の竜人に関する書籍は損傷が激しかったものの、そのほかの歴史書や読み物、図録など、父が所有していた多くの本が遺されていたからだ。ライナーが依然もらってきたおとぎ話の本も、とっくに一人で読めるようになってしまっている。


「大人と同じと言うなら、そろそろ一人で寝られるようになったらどうだ?」


 出会った頃から、二人は同じ寝台で一緒に眠っているのだが、ハノが急成長をしているために未だに同じ寝台で寝続けている。寝台は夫婦の寝室の物を使用しているので広々としているのだが、幼い姿の頃からの延長上でそのままでいるのはどうなのだ、とたびたびライナーから苦笑されるのだ。


「だ、だって一人だと寝台が寒いんだもの。それに、薪がもったいないから一緒の部屋がいいんじゃない?」

「それはそうかもしれないが、君は寝相が悪いし、何より起きる時に騒々しいから俺まで目が覚めてしまうんだがな」

「で、でも……それはライナーの眠りが浅いからでしょ!」

「仕方ないだろ、兵役の頃のクセで深く眠れないんだから」

「でも、節約になってるならいいじゃんか!」


 薪を森に拾いに行くことも、買い付けることもできないいまの屋敷において、薪は貴重な燃料源だ。ようやく寒さが和らぎつつあるとはいえ、朝晩の冷え込みは厳しい。それらの事情を考えると、二人一緒に眠った方が節約にはなると言える。

 少し前であれば、「イヤなものはイヤ」「なんで一緒に寝ちゃいけないんだ」と、駄々をこねるような事しか言い返せなかったハノであるが、心身共に成長しているのか、ライナーが頷くような言葉を返すようになってきた。出会った当初の、怯えて心を閉ざした様子からは随分と変わったと言える。

 それにもまたライナーが目を細め、「へぇ、ちゃんと考えてるんだな、ハノ」などと言って頭を撫でてきたりするものだから、ハノはプイッと顔を反らしてむくれてしまう。


「当たり前でしょ。もう十八なんだからッ!」


 苛立った声で言い返し、ムスッとしたまま出来上がったスープを注ぎ分けていると、それをライナーから苦笑されて見つめられているのを感じる。その眼差しのやさしさにどぎまぎする気持ちもありつつも、まるで幼子を見守っている大人のような者も感じ、腹立たしくもなってしまう。どちらが本当の自分の気持ちなのか、最近ハノはよくわからなくなることが多かった。


(ライナーと一緒にいると、嬉しいはずなのに……こうやって小さい頃のままみたいにもしてくるんから、すごく腹立つんだよね……)


 嬉しい気持ちとイライラする気持ちがない交ぜになり、自分でもどう振舞えばいいのかがわからない。

時々亡き両親たちを思い出し、悲しくなって慰められるときに頭を撫でてもらうのは嬉しいのに、そうじゃない時……例えば、薪割を終えた時などに「よくできたな」なんて言われると、当たり前だろう! と、言い返したくもなる。本当は、褒められて嬉しいはずなのに。

 ふいっと顔を反らし、それでも視界の端に映るライナーの顔――微笑みつつも、少し寂しげな悲しいような顔――をしているのがちらりとでも見えてしまうと、胸がずきりと痛くなる。その理由も、ただの罪悪感とも少し違う気がする。

 そんな不安定で曖昧な気持ちが、この所ハノの中を多く占めていて、結果的にイライラしていることが増えている。

 結局朝食の時もハノが膨れてしまったことで、ハノが一方的に気まずさを覚えてしまい、口が聞けないままだった。



「なんなんだろう……大人になってきてるはずのに、ちっともちゃんとできてない。イライラして、怒ってばっかりだ」


 父や母、せめてニーナがいてくれたら、何かしらの相談が出来たのだろうか。そんな詮無いことを考えては悲しくなり、ハノは小さく溜め息をつく。

 いまはライナーが集落へ出かけているので、ハノがひとり屋敷で留守番をしている。そういう時最近は父の書斎にこもるようにしている。本を読むことが楽しいのもあるが、静かで落ち着ける雰囲気なのも大きい。

 それに、父の蔵書には様々なものがあり、手に取り読んでいると気がまぎれるし、時には気付きも得られることもあった。

 しかしそれでも、いまのハノの気持ちを言い表したり、どう振舞ったりすればいいのかという対処法は見つかりそうにない。


「僕……なんかヘンなのかな。やっぱり、ライナーと違う竜人だから……」


 だけど、父も母も、ニーナでさえもそんなことは一度も言っていなかった気がする。だけど、それはハノが聞く機会がなかっただけで、本当のところはわからない。


(それとも、やっぱり僕って何かヘンなのかな……)


 ひとりになるとそのことばかり考えてしまい、最近では本が進まないことが多い。こんな事ではヴェルグ家の嫡男として屋敷を守れる立派な大人になれないのに。


「もし僕がこの屋敷をちゃんと守れる立派な大人になれたなら……ライナーは、どこかに行っちゃうのかな」


 ライナーは、ハノが幼い姿だったから、一緒にいてくれる約束でここに暮らしている。でも最近では成長期に入ったことでライナーを日々驚かせる速さで成長を遂げており、もはや成人の姿をしているとも言えた。実際できることも増えつつあるので、ライナーの手がなくてもいいと言えばいいのでは、という気さえしてくる。

 でもライナーがいないこの屋敷は、きっとハノが想像する以上に寂しく静かだろう。ライナー自身がお喋りで騒々しい人物ではないとは言え、隣にいるはずの存在がいなくなるのは、想像するだけで寂しいものがある。まるで、もう一度家族を亡くす感覚のようでいて、それとはまた別の大きな喪失感がある。

 ただ想像しているだけなのに、胸に穴が開いたかのような寂しさに、ハノは思わず手にしていた本を握りしめ、胸元に宛がう。この所日に日に背が伸びていくハノに合わせ、ライナーが屋敷の奥で父のおさがりを見つけて来てくれたシャツは、まだ少し大きい。ふわふわとする胸元に本ごと手を宛がいつつ感じる鼓動は、いつもより少しだけ速いような気がした。



 ライナーはその日、食材の他にハノに土産を持ってきてくれた。


「お土産?」

「ああ。気に入ってくれると嬉しいんだが」


 そう言いつつ差し出された紙に包まれたものを受け取り、そっと開いていく。菓子の類いだろうか、と思いつつ、それはそれでまた子ども扱いされているな、とも考えていた。


「わあ……これ、なに?」


 紙の包みを開けてみると、中から宝石のような多面体のガラス体が出てきた。きれいなカットが施され、夕陽を当てるときらきらと乱反射している。


「サンキャッチャーというらしい」

「サンキャッチャー?」

「窓辺などにつるしておくと、日の光を集めてきらめくそうだ。書斎とかにどうかと思って」


 確かに日中書斎に下げておけば、光を集めて煌めき、ライナーが留守の時でも寂しくない気がするし、何よりそのきらめきがライナーの笑顔を彷彿とさせた。

 ハノはサンキャッチャーをそっと手のひらで包み込み、胸に抱くようにしてライナーを見つめる。


「ありがとう、すごく嬉しい」


 するとライナーはホッとしたように大きく息を吐き、「……よかった」と安堵したように呟いた。


「この頃ハノを不機嫌にしてしまうことが多いから、何か笑顔にさせるものがないかと思ってたんだ」


「喜んでくれたなら、何よりだ」そう、嬉しそうに破顔するライナーの表情に、ハノはカッと体が熱くなるほど恥ずかしくなった。なんだかまるで自分が聞かん気の強い小さな子どものようだと言われた気がしてしまったからだ。


「失礼だな! 僕はそんなに不機嫌になったりしてないよ! ライナーが余計なことするからじゃないの?」


 ふいっと顔を背けつつそんなことを言い、ハノはすぐにしまったと思ったが、振り返って謝ろうとすると首が固まったように動かない。

 ライナーが視界の端で困ったような顔をしているのがわかるのに、どう考えても自分が余計なことを言ったのに、ただ一言謝ることもできない。


「……そっか、ごめんな、ハノ」


 どうして謝ってるの? ライナーは何も悪くない。そう、言えばいいのがわかっているのに、口が開かない。どうして、たったそれだけなのに。

 ハノは自分の言動がちぐはぐしていて理解できず、一人戸惑いを抱えながら途方に暮れるのだった。



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