第24話「白い迷宮」

 吹雪は夜明けになっても収まらなかった。

むしろ強さを増し、白一色の世界は上下も距離も分からない「迷路」になっていた。

足元の感覚だけが唯一の地図だったが、それすら裏切られつつある。


「……ここ、道を外れてない?」


ティナが叫ぶように声を張る。


「黙って歩け!」

ルークの返事は風に切られて鋭く響いた。


 雪は頬を叩き、まつげに氷を作る。

ティナはイヴァの白い髪の揺れだけを頼りに前進した。

イヴァは相変わらず無言で先導しているが、その背筋の緊張がいつもより硬い気がする。


「もう少しで尾根の道に戻れる……はずだ」


ルークの声に確信はない。


「はず、では困る」


マルタが呟き、護符を握りしめる。

彼女の祈りの言葉が風の中で消えていく。


 突然、足元の雪が崩れた。


「きゃっ!」


ティナが叫び、膝まで沈む。

イヴァがすぐに腕を伸ばし、彼女を引き上げた。


その瞬間、隣を歩いていたルークが滑り、岩混じりの側溝に転げ落ちた。


「ルークさん!」


ティナが駆け寄ろうとするが、イヴァの腕が制した。


「待って。雪の下に裂け目がある」


 淡々とした声。

イヴァは素早く足場を探り、慎重にルークの腕を掴んだ。

雪煙の向こうに見えたルークの顔は苦痛に歪んでいる。


「足首を……ひねった、いや、裂けたかも……」


 ルークが低くうめく。

血が雪の白を染めた。浅い傷ではない。


「包帯を!」


ティナは薬草袋を探り、震える手で布を出した。


「私がする」


イヴァが短く言い、ルークの足を支えながら手際よく布を巻く。

指先の動きは無駄がなく、雪の中でも確かな圧迫をかけていた。


「……助かったが、次はない」


ルークが歯を食いしばって言う。


その目に、怒りと屈辱が混ざっていた。


「今は進むべきじゃない。窪地に戻ろう」


マルタが提案する。


「戻る? どこに戻るってんだ。俺たちはもう迷ってるんだぞ!」


ルークが吠える。

雪の壁にその声が跳ね返り、さらに鋭くなる。


 ティナは胸の奥が冷たくなるのを感じた。

彼の声が刃のように尖り、仲間の間に小さな裂け目を刻んでいく。


その隣で、イヴァは冷たい息を吐き、淡々と包帯の端を結んだ。


「動ける?」


イヴァが短く問う。


「……歩く」


ルークは顔を背け、雪を握りしめるようにして立ち上がった。


風が一層強くなり、視界が完全に白く閉じる。

四人は手を伸ばし合うようにして進むが、心はそれぞれ別の方向を向いている。


「道は、まだ……?」


ティナが不安を隠せずに口を開く。

「大丈夫、出られる」


イヴァの声は静かで、風に溶ける。


だがその静けさが、かえって異様に響いた。


マルタの祈りの回数が増え、声がかすれていく。

ティナの指先は感覚を失い、息が白い糸になって切れるように散っていく。


──この世界はどこまでも白く、どこまでも深い。

迷路の奥で、何かが待っている。

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