第7話「雪に埋もれた記憶」
その夜、懐かしい夢を見た。
雪明かりがまぶたの裏に揺れて、暗い部屋がすうっと消え、代わりに白い世界が広がっていく。
……森の匂い。背が高い木々、冬の冷たい風。
私は小さな手に布袋を握りしめ、必死に薬草を探していた。病気の母のために。けれど、吹雪に道を見失い、足元はすでに雪に埋もれていた。
「……おかあ、さん……」
声を出した瞬間、涙があふれた。
目の前は白一色で、どちらが村の方角かもわからない。指先がしびれて、怖くて、ただ立ち尽くすしかなかった。
そのときだった。
音もなく、雪の中に人影が現れた。白い髪が風にたなびき、黒い瞳がこちらをまっすぐに見ていた。
イヴァ。
今より少し背が低く、顔つきも幼いけれど、それでもあの子だった。
彼女は無言で私に手を差し伸べた。
その手を見た瞬間、なぜだか泣き止んだ。小さな私はおそるおそるその手を握った。
ひやり、とした感触。
雪より冷たいはずなのに、不思議と安心する冷たさだった。普通の人とは違う気配を感じる。けれど、怖いよりも、ただ心が落ち着いていく。
私はそのとき、初めて“好き”という感情を知ったのかもしれない。
彼女は言葉もなく、私を森の奥の小道へと導いていく。
その背中を必死に追いかけながら、私は胸の奥があたたかくなるのを感じていた。
(イヴァ……)
雪のざわめきだけが耳に残る。
*
イヴァは私の小さな手を握ったまま、森の奥の開けた場所へ連れていった。
吹雪が弱まり、そこだけ淡い光に包まれている。
白い息を吐きながら、彼女は少しかがんで私の目線に合わせる。
「あなたは強くなる」
黒い瞳がまっすぐ私を見つめ、静かな声で囁く。
「いつか、私と一緒に遠くへ行く」
胸がどきん、と鳴った。
幼い私には、その言葉の意味はうまくわからなかったけれど、心の奥でひどく大切なことだと感じていた。
うなずこうとした瞬間、足元の雪が深く沈みこみ、景色がひしゃげた。
森が雪の白に飲み込まれていく。
木々が一本ずつ溶けて、川の流れが止まり、イヴァの輪郭がゆらぎ始めた。
「まって……」と声を出そうとしても、口が動かない。
冷たい風の音だけが大きくなり、光がまぶしすぎて、世界が真っ白にかき消された。
――その瞬間、私は目を開けた。
*
息が荒く、額には冷たい汗。
出発前夜の寝台の上。薄暗い部屋に、薪のはぜる音だけが響いている。
夢の中で聞いた言葉が、胸の奥にまだ響いていた。
いつか私と一緒に遠くへ行く――。
隣で、イヴァが眠っている。
白い髪が枕に広がり、寝息がかすかに聞こえる。
夢の中のイヴァと同じ顔。
胸が詰まり、私は無意識にその腕へと身をすり寄せた。
ひんやりした匂いが鼻先をかすめる。それでも、怖いよりも安心のほうが勝っている。
窓の外、夜明け前の薄明かりが差し込み、雪の粒が空を舞っている。
明日、私たちはこの村を出る。
そのことを思うと、心の奥がきゅっと締めつけられた。
けれど、隣の温もりを感じながら、私はそっと目を閉じる。
――雪明かりの中で、あの約束だけがはっきりと胸に残っていた。
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