第6話「夜明けの前に」
夜は、いつもより深く沈んでいた。
家々の明かりがぽつりぽつりと消え、村は寝静まる――というより、息を潜めているようだった。
私は小さな荷袋に薬草と包帯を詰め、天枠のように重さを確かめる。
煎じ薬の匂いが袋の内側に染みつき、指の端がほのかにざらつく。
外では、マルタが祈祷の声をあげている。
彼女は私の背後で護符を配り続けているらしい。
ルークは罠やロープ、斧を整えている。
彼の動きは簡潔で男らしく、物音がするたび私の胸が締め付けられる。
イヴァは――というと、彼女は荷物らしい荷物を持たずに笑っていた。
肩に羽織った薄い布だけで、まるでこれから散歩に行くような軽さだ。
「そんな格好で行けるの? 大丈夫?」
私は半ば呆れて言った。
彼女は肩をすくめ、薄く笑う。
「持ち物があるだけで重さを感じるなら、棄てればいいだけよ」
「いや、実際棄てられないものもあるんだけどね」
私の声は震えていたのかもしれない。
イヴァは私の手の上に軽く触れ、指先が触れた瞬間、胸の奥がきゅんと縮むのを感じた。
夜の深まる音の中で、私は自分の決意と恐れを反した。
行かなければ終わる。
残れば終わる。
どちらを選んでも誰かが死ぬかもしれない。
だが、目を閉じればイヴァの笑みが浮かぶ。
彼女の存在が私の中の暗い場所を温めるのなら、それは罪か祝福か。
*
細い雪明かりの下、イヴァがぽつりと訊ねた。
「ねえ、眠れない?」
「少し、かな」
彼女は私の横に腰を下ろし、膝を私に近づける。
息が風に溶けて、小さな白い雲になった。
頭を上げると、イヴァの横顔が月に溶けそうに浮かんでいる。
いつもより表情が穏やかで、しかしどこか遠い。
私は何を言えばいいのか分からず、ただその輪郭を見つめる。
「怖い?」と彼女が言った。目が笑っていない。
「ええ」私は素直に答えた。胸の奥が痛い。
「でも、私がいる」
彼女はぽんと私の頭を軽く叩く。
ふざけた仕草だが、その力は確かだった。
夜は長い。
月が山脈の端に寄り、冷たい光を落とす。
村の屋根と、遠くに見える山脈の白い壁。
明日の朝、私たちはそこへ踏み出すのだと思うと、胸の奥のざわめきが一層大きくなる。
私は深く息を吸い、炭火の残り香を胸に抱くようにして言った。
「明日、私たちはこの村を出る――」
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