第2話 入学式
残りのクラスメイトの自己紹介が滞りなく終わり、入学イベントは進んでいく。
終始、犬の男子から睨みつけられていたが、レンは無視をしていた。
彼の名前はハウル。
かつてレンがお世話になっていた孤児院の経営者の息子だったらしい。
刺激をするとお世話になった孤児院に被害が及んではいけないと思い、無視をしていた。
「よし……全員終わったな!それじゃあ、屋内競技場に行って入学の祝いをしてもらうぞ!」
レンは立ち上がりサムの後をついて行こうとした瞬間、足元に向かって急に何かが飛び出てくる。
しかし、そこはネコ族。
レンの反射神経は鋭く、躓くことなく飛び上がって回避する。
振り返ると、ハウルの足が悪意を持って転倒させようとした事がわかる。
余程レンの運動神経が鈍そうに見えていたのか、レンの回避力に周囲のヒトたちは驚きの表情を浮かべる。
レンはハウルを一度睨むとすぐに踵を返し、サムの側に立った。
これ以上の嫌がらせを受けない様にするための自衛である。
屋内競技場は少し離れた位置にあるようで、歩きながらサムに質問をする。
「先生は教師になる前は何をしていたんですか?」
「お?気になるか?俺……じゃなくて、わたしは調査隊に所属していたんだ。最初期のな」
「さ、最初期の調査隊って……確か、十人の隊員とふく様とヴォルフ様の……!?」
「そうだぜ。あの時は……もう四十年くらい前か。中々大変だったのを覚えているなぁ……」
サムが調査隊の隊員である事に驚くレン。
レンは元調査隊の話が聞けると知り、目を輝かせてサムに質問をする。
「調査隊のメンバーって誰なんですか!?どんなところまで進んだんですか!?一番強い人は誰でしたか!?一番大変な事って何でしたか!?それから、それから……!」
「ノーマジ(ノーマジック:魔法無しの蔑称)のくせにウゼェんだよ!引っ込んでろ!」
「ハウル。それは差別用語だ。初日から指導を受けたいのか?」
ハウルがレンに対し、蔑称を放った事でサムの眉間に皺が寄ると空気が一変する。
重たく、立ち向かうのを躊躇うほどの圧力にレンを含めた生徒たちは腰を引かせ、後退りする。
サムが調査隊員だったという事実と口だけでない強者であると感じ取る。
しかし、ハウルは気づいていないのか、あるいは余程自信があるのか不明だが、怯む事なくサムに食ってかかる。
「俺の親父は町で一番大きな孤児院の経営者なんだぞ!教師如きが俺に指図して良いと思ってんのかよ!?」
「それはハウルの『父親』のものだろう?それはお前の実力でも何でもないだろう。言いつけたければそうすれば良いが、わたしの上司は【宮廷魔導師長】と【女王陛下】だけだが……」
【宮廷魔導師長】と【女王陛下】という名称が出てハウルはサムの立場が非常に高いことを察し、詳しそうな表情を浮かべて押し黙る。
因みにハウルのようなヒトは毎年現れる為、教師の立場を下げないための措置。
従ってサムだけではなく他の教師も上司は同じである。
嘘はついていない。
すっかり大人しくなったハウルを見た後、レンの方へ顔を向けると、本日三度目のウインクをお見舞いする。
それを見たレンは露骨に嫌そうな顔をすると、ポンと頭を小突かれる。
「何だかんだもう着くから調査隊の話はまた今度な?それじゃあみんな、集合位置が決まっているから逸れないように」
屋内競技場へと入っていくと他のクラスも同じように入場していた。
中は非常に広く、我々の世界でいうと一般的な野球場二つ分の広さがある。
生徒の制服は等級に関係なく同じデザイン。
指定された席に座り、待機していると競技場内が突然静まり返る。
正面の舞台に青い髪をした羊族の女性が立つ。
入学のテストに現れた女性だった。
「先ずは入学おめでとう。学園長挨拶といきたいが、急務のため、代理として言葉を贈らせてもらう。一年だけという短い期間だが、諸君たちには大人のいろはを叩き込まれるだろう。そして、卒業した暁には我々のように女王ふく様のため、氷狼ヴォルフ様のために尽くしてもらいたい。わたしの名はめえと言う。保健室にて治療を専門としているからケガをしたならいつでも頼るといい。諸君たちに私から一言」
壇上から全ての生徒の顔を確認し、再び口を開く。
「これから様々な困難が待ち受けると思うが、いつか女王と王を守るために私たちと共に歩む事ができる程の成長を期待している。それでは以上を入学の挨拶とさせてもらう」
めえと名乗る羊族の教師は深々と頭を下げ、壇上から降りていく。
「入学のテスト、あのヒトでした……!」
「お、めえさんが試験官か!まあ、めえさんが言うなら本当に魔法を持っていないんだろうな……」
「そんなにすごいヒトなんですか?」
「凄いも何も……魔法の研究者だからな。まあ、学園には凄いヒトが沢山いるぞ」
「ほぇ〜……凄いなぁ……」
レンは魔法がないと言われたショックよりも『凄い魔法の研究者』というヒトに見てもらえたことに感動し、すっかり忘れてしまったようだった。
サムの話を聞いていると、名のある実力者たちが学園で教師をしているようで、学びの機会を期待する。
入学式が進行していき、卒業生が壇上に上がったかと思うと、入学テストの時にすれ違った野狐族の女の子が壇上に上がって来た。
「あの子……」
「あぁ、特級クラス筆頭のリコだな。彼女は歴代で最高の魔力量を誇る凄い生徒だ。おれ……じゃなくて私も記録を見たが、もしかしたら――いや、これ以上は野暮だな」
レンは魔法無しで中等級程度の魔力量である自身と比べ、才能に恵まれた彼女を羨ましく思い、胸が締め付けられる様な感覚に陥る。
卒業生から新入生に言葉が贈られ、入学式というイベントは終わった。
教室に戻り、サムがくじ引き用の棒と筒を教卓の上に置く。
「それじゃあ、これからお前たちは屋外競技場で模擬戦をしてもらう。戦うための道具はこちらで準備するが、あくまで殺傷力の無い道具だけだ。それと、魔法に関しても過剰だと判断したら私が止めに入る。それではくじを引い――」
「先生!」
くじ引きが始まろうとした時、教室に一人の生徒の声が響く。
ハウルだった。
相変わらずレンを睨みつけるが、目を合わせないレン。
そんなレンに対して舌打ちし、サムの方へと見る。
「俺とレンを戦わせろ!」
「なぜだ?」
「世の中は厳しい事ばかりだと知らしめるんだ。どうせ孤児院でぬるい生活しかしてこなかったんだ。じゃなきゃ、調査隊を舐めた発言なんか出来ねぇだろうさ!」
「……だそうだ。レンはどうなんだ?」
正直関わりたく無かった。
それを分かっているサムは助け舟を出していたのがレンにも伝わる。
しかし、レンの意思は違った。
「オレ、やってみたいです!何も出来ないかもしれないけど、それでも……やられっぱなしは嫌です!」
――例え魔法が無くたって、強くなれる……。そんな道があってもいいじゃないか!
レンの意思は強く、爛々と燃え上がるような瞳をしていた。
サムはニカッと笑い、了承する。
「よし、それじゃあお前たちは一番最初に戦ってもらうからな?他の皆もくじを引きに来るんだ!」
レンの学園生活初の対戦カードはハウルに決まり、二人の因縁が卒業まで続くとは、この時思いもしなかった。
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