第3話 ライバルとなる戦い

 屋外競技場へサムのクラス全員が集まり、レンとハウルはサムの前に立つ。


「まずは使える武器はコレ」


 そこには古びた木剣や棍棒、布製のナックル等入門用の武具が置いてあり、防具として木製の兜と胴当てがあった。

 ハウルは迷わずに木剣を二振り手に取る。

 片方の木剣は腰ベルトの隙間に乱雑に差し込む。


「お、二刀流か?」


「ちげぇよ!コイツと同じ武器なんて嫌だからな。取られないように持ってるんだよ」


「意地汚いな……」


 サムは思わず口が滑ったような表情をしたが、生徒たちの中に疎だがうんうんと首が縦に動いていた。

 ハウルはそんなことは一切気にしない。

 図太さは一級品のようである。

 レンは不思議な棒を見つけ、手に取る。

 サムはそれを見てレンの肩に手を置く。


「それは入門者用に作られた戦闘用魔道具だ。確か……【加速】の魔法が込められているとかだったな。出力は低いが戦いを知らないレンにはちょうど良いかもしれないな!」


「これが、戦闘用魔道具……!」


 レンは初めて握る戦闘用に作られた魔道具を手に取り、目を輝かせる。

 それをしっかりと握り、レンはハウルに向き合う。

 ――いくら猫族とはいえ、この子の性格はおっとりだ。一方ハウルは狩猟犬に近い種。これじゃあ戦闘能力に差がありすぎる。だから『イカサマくじ引き』で実力の近いもの同士で対決してもらおうと思ってたんだがなぁ……。早めに切り上げさせよう。

 サムが懸念している種族差。

 これは人間で言うところの階級差に近い。

 子供がプロレスラーに挑むようなものであり、正直な所レンに対して大きく心配をする。


「では、これより試合を始めさせてもらう。過剰な攻撃に対しては私が仲裁に入るから安心して戦うといい!両者構え……」


 ハウルは余裕そうに構え、レンは半身になり、棒の先端をハウルに構える。

 初めての戦闘で緊張と高揚感で身体が震える。

 武者震いというべきなのだろう。

 自然と棒を握る力も強くなる。


「……試合、始めっ!!」


 サムにより戦いの火蓋が切って落とされた瞬間、目の前にハウルが既に迫っていた。

 その速さにレンは体を強張らせると、ハウルの剣撃が腹部にクリーンヒットし、吹き飛ばされる。

 鈍く、重たい痛みに声にならない声をあげて悶える。


「だっせえな!見たかコイツのビビった顔!こんな攻撃すらガードできないんだぜ?こんなんでよく調査隊に入ろうなんて思えるよな!?」


「ハウル、必要以上に相手を煽らないことだ。それに、まだ終わってないぞ?」


 サムの指摘を鬱陶しそうに舌打ちし、レンの方へ振り向いた瞬間、鼻に石礫が当たり、パックリと裂ける。

 犬族の急所とも言える鼻が負傷するとなると痛みは計り知れない。

 ハウルは鼻を押さえて地面をのたうち回る。

 未だ腹部に脈打つ痛みに顔を顰めながらも、レンは気力で立ち上がり反撃したのだ。


「……ってて。さっきから何なんだ!ヒトをバカにするだけでお前は何を成したんだよ!口から出てくる自慢は全部父親じゃないか!」


 レンの鋭い指摘にサムの腹筋は破壊され、クラスメイトの大半が大きく縦に頷く。

 サムは笑いを堪え、肩を振るわせながら、レンを指差す。


「お前たち、悪口対決をしているんじゃないんだぞ?もっと真面目に戦うんだ!」


 サムがそう告げた瞬間、ハウルは魔力を昂らせる。

 魔力とは魔法を使うための力。

 魔法は込められた魔力量と魔法に対する認識度で威力が大きく変わる。

 サムは怒りに燃え上がるような魔力の放出をしているハウルを見て、ポケットから薄手のグローブを取り出して装着する。

 ――思った以上にレンが粘るな……。もう少し続けさせてみるか……?いや、流石に止めないと不味いか……?

 ハウルは長い詠唱を始める。


「『体内に備わる大きな力よ。我の手足にその力を配らせ、全てを破壊する力を与えたまえ!』」


 詠唱が終わった瞬間、ハウルの手足が赤いオーラに包まれる。

 それは強化をする魔法ではよく見られる現象であり、レンは先程のように攻撃を受けないよう、顎を引き、杖を前にして構える。

 ハウルは牙を剥き出しにし、グルグルと唸り声を上げ、鼻筋や眉間に皺を寄せる。

 犬族独特の本気の狩りをする時の表情だ。


「死ねえぇぇぇっ!」


 到底訓練や演習とは言えないようなセリフが競技場に響き渡り、レンに向かって木剣が振り下ろされる。

 しかし、油断をしていないレンはそれを軽々後方に飛び、回避する。

 石礫を拾い上げ、魔法を付与していく。

 【加速】の力を得た石礫はレンの手から放たれた瞬間、約百五十キロくらいの速度でハウルの顔面に目掛けて飛んでいく。

 今度は顔面に当たることなく石礫を木剣で叩き落とし、再び構える。

 しかし、古びていた木剣は叩きつけられ、高速で飛んで来る石礫を叩き落とした影響で粉々に砕け散る。


「そこの男子!競技場の倉庫に予備の木剣があるから持ってきてくれ」


「わ、わかりました!」


 サムは荒れそうな試合展開を冷静に分析し、仲裁のタイミングを図っていく。

 ハウルはもう一本の木剣をベルトから抜き、構えようとした瞬間、レンの蹴りが木剣を弾き飛ばし、遠くで乾いた音を立てて転がる。


「テメェ!卑怯だぞ!」


「勝負の世界に卑怯もクソもないだろ!油断したハウルが悪いんだ!」


「な、何をーッ!」


 ハウルの拳がレンの顔面に当たり、ゴロゴロと地面を転がる。

 連撃を受けないよう、受け身を取り、立ち上がって口を拭う。

 どうやら口の中を切っていたのか、手の甲が血塗れになっていた。

 それを見たレンの堪忍袋の緒が切れ、魔道具をその場に置いてハウルに迫り寄る。


「大体お前は何なんだよ!ヒトの夢をバカにしたり何だの!」


 レンの拳がハウルの顎に直撃し、足元が不安定になる。

 脳が揺れた事で意識が朦朧とするが、下を少しだけ噛みちぎって意識を取り戻す。


「うるせぇっ!俺はお前みたいなナヨナヨしたヤツが目立つのが嫌いなんだよ!」


 ハウルも負けじとレンに掴みかかり、地面に叩きつける。

 あとはもう滅茶苦茶である。

 引っ掻いたり、殴ったり、噛みついたりと獣人ではなくケモノの争いである。

 二人の喧嘩が生死に関わる前に引き離す。

 唸り声を上げ続ける二人に対し、サムは大きく息を吸い込んだ。


「これは訓練で喧嘩じゃないと言っているだろっ!」

 

 二人の頭に拳骨と叱責という雷が落とされ、ケモノから我に帰るのだった。

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