虫よ
吉田夏
第1話
虫にはいい虫とわるい虫がいると思う。もちろん私は人間であるのだから人間にとって害のない虫がいい虫で人間にとって害のある虫は悪い虫である。
私がどうしていきなりこんなことを考え始めたのかというと最近私が家で虫を飼っているからかもしれない。虫と言ってもただの虫ではない。大きな虫だ。ちょうど人間くらいの。
大きな大きなショウリョウバッタ。こんなに大きいと流石に怖い。怖いので後ろの足はもいである。こういうとき虫は都合がいい。動物だったら腕をもいでしまったら大量に血をダラダラと垂らして死んでしまう。
帰り道、スーパーで割引された弁当とおにぎりを買い、割り箸を三つほどとって袋に入れ家に向かって歩いた。
家に着くと灯りをつけて、部屋の中のバッタを見る。相変わらずどこを見ているかわからない目をしている。後ろの足二本を奪った私に対して何か感情を抱いているのだろうか。庭の名も知らぬ草を刈って差し出せばもしゃもしゃと元気よく食う。
ペットが欲しかったので捕まえてみたのだが案外犬も猫もこんな感じなのかもしれない。
「ヤマト運輸でーす。」
どうやら荷物が届いたらしい。頼んだものは二つ。昆虫図鑑と枝切り鋏である。
枝切り鋏を玄関に置いて、バッタを撫でながらソファに座り図鑑を開く。
ショウリョウバッタ。バッタ目バッタ科に分類される昆虫の一種。日本に分布するバッタの中では最大種で、斜め上に尖った頭部が特徴である。秋が深まるにつれてショウリョウバッタの寿命も近づき、11月頃には寿命を迎える頃になる。
なるほど。今日は11月7日。こいつはもう直ぐ死ぬらしい。出会って1週間ほどなのであんまり悲しみは湧いてこない。全体の寿命は6ヶ月ほどらしいがこんなに大きな図体をして今までどこで生きてきたのだろう。
「キチキチキチ」
鳴き声が可愛ければ、ペットとして流行るかもしれないと思った。いやないか。
朝起きて電車に乗り会社に行く。繰り返す。繰り返す。ずっと変わらない日々の中に生きている。私の仕事は、農協の受付だ。いろんな人が来て、融資の相談や講習会の予約などをしていく。
遠い、あまりにも遠い。生きるという行為からの距離が。もっと野菜を育てたり、木を切ったりしていればそんなことは感じないのかもしれない。金を稼ぐという行為は私を動物から人間にしていく。このまま働いていると原始的な喜びを忘れて、麻痺してだんだん感情がなくなっていくのかも。あの喜怒哀楽が抜け落ちたような顔をしたバッタみたいに。
あの大きなバッタは起伏のない私の人生を少しだけ変えてくれている。今日は犬の散歩をしている人に出会ったので同じようにバッタの散歩してみようかと思わせてくれた。だけどあいつには首がない。撫で肩、いや肩もない。これではリードがつけられないし、後ろ足がないといっても飛ぶことができるので簡単に逃げられてしまう。
それは少し拙い。散歩は諦めるしかない。あいつがカブトムシだったら首っぽいものあったのにと考えて、意味のなさに少し笑った。
家に帰るとバッタは死んでいた。どこからやってきたのかハエが集っていた。虫に虫がたかるなんてとそれも少し面白かった。そのまま窓を開け庭に埋めた。やはり悲しみはなかった。
虫よ 吉田夏 @rjethboicehboiwburcoilxuwb
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます