2匹の鼠

 キーン、と耳の奥が鳴った。

 爆風に吹き飛ばされるようにつんのめった私を、イワンの手が引き起こした。

 さっきまで私がイワンを引きずっていたのに、迷いなく私の腕を引いて進む。


「待って!ジャンは……!?」


 イワンは振り向かない。熱が弾けた場所を振り向いても、もうそこに人影は見えなかった。


「グレーテ、一歩跨ぐぞ。さんにーいち!」


 言われた通りにする以外に無かった。

 指示の通り前方に一歩飛び越えると、イワンは立ち止まった。

 伏せろ、と手振りで示される。

 何も状況がわからない。

 目標の市街には入れた筈だ。

 けれど今周囲はどうなっていて、自分はどこに居るのか。

 皆んなはどうなったのだろう。

 ジャンは、どうしただろう。


「イワン……、」


 隣に身を屈めたイワンに呼びかけると、彼は指で耳を示した。

 まさか。


「今、聞こえない。」


 囁かれたのは、衝撃の言葉だった。

 見えない私と聞こえないイワン、敵の街の中に欠けた子供がただ2人。


 ──わかってる。大丈夫。わかってるから。


 私達はもういらないから、死ぬ為に連れて来られた。

 少しでも敵の戦力を減らして、少しでも、国の役に立たなければいけない。

 手探りで周囲を確認すると、そこは瓦礫の陰のようだった。背後は建物の壁になっているらしい。

 銃を構えて、警戒する。

 周りの状況が見えなくても、体温のある生き物は見える。

 敵影が見えたら撃つ。ただそれだけ。

 怖くない怖くない怖くない。

 ずっと走ってきたから、手が震えて、上がった息を抑えつける肺が鋭く痛んだ。


 ──怖い。


 遠くから、微かに叫び声や足音が聞こえる。

 視界の端に、何か動くものが見えた。

 どのくらい自分たちが身を隠せているかわからない。

 音がしないように、動きが悟られないように、ゆっくり動かした銃身をイワンが掴んだ。

 僅かに両手を上げて、近づいて来るのは。


「グレーテ、イワン、お待たせ。」


 ジャン。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る