貧乏くじ

 隙間風の吹き込むボロ家に響いた、乱暴なノックを覚えている。

 手袋をかけた手が、私の腕を掴んで引いた。

 泣いて縋る母に向かって、娘さんの為ですからと諭す声が聞こえた。

 

 賢者の家で最新の治療と養育を受ければ、国家に貢献出来る不自由ない身体を手に入れられる。

 勿論体調が落ち着けば、家に帰ることも出来る。

 特別プログラムを卒業すれば、高級官僚や士官になり、家族を助ける事ができる。


 その言葉に嘘はなかった。


 けれど私はもう知っている。


 あの時母に渡された封筒の中には、同意書の写しと共に高額の小切手が入っていた事を。

 私がバスに乗せられた時、もう母の泣き声は聞こえなかった。


 上がった息は意識を霞ませていく。母の泣き声を思い出す程に。

 前を行く火照った背中を追って、トラックを走る。


 ──あと、2周。


 結局、私の2つ隣の部屋の向こうから皆んなが遅刻した。


 宿舎3階の子供は連帯責任を取らされて、グラウンドを走らされていた。


 一階から巡回が始まるので、最上階の3階はこんな貧乏くじを引く事がままある。

 隣を走っていたロビンが倒れたが、助け起こしてはあげられなかった。

 振り向けば前の背中を見失ってしまうから。

 後ろで、ララがロビンに声をかけているのが聞こえた。


 ララは良い。その足は生身じゃないから、きっとどれだけ走っても疲れない。

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