『可愛らしい吸血鬼』

青月-闇

第1話

 少しだけ―――

 そう少しだけ―――

 それは甘い、甘い言葉。



 ゴシックロリータドレスを着た少女が囁く。

 此処は少女の領域テリトリ―のゴシック調で統一した部屋だった。

 僕は部屋の中心に座り、首を横に曲げている。吸血鬼に血を与える様な姿勢。毛足が長い絨毯。僕は沈む様にしたまま微動だしない。

 後ろに少女の気配を感じる。先程まで耳元近くにあった顔を一旦戻したようだ。わずかに聞こえて来る少女の荒い呼吸音。

 僕はゆっくりと深呼吸をする。傷口から零れだした血が美しく映える様に選んだ白シャツ、その首元を大きく広げる。


「遠慮はいらないよ……キミの好きな様に、ね……」

 優しく、誘惑するような甘い声を出す。


 僕の声は吸血鬼を誘惑する能力がある。

 生まれながらに持った力。

 この力を利用して、吸血鬼を狩る連中がいる。僕の一族はそれを生業にして生きていた。

 ある一定の年齢になると、容姿に一切の変化がなくなる。男性も女性も中性的な雰囲気を持ち、死が訪れる際は唐突に倒れ、そのまま命が消える。そんな死に方をしていれば、僕達は吸血鬼以上に雑な扱いをされる。

 数百年が過ぎ、三つの種の関係も変化が起きていた。

 狩る側をサポートする一族が、吸血鬼を助ける。

 狩る側は激怒し、僕達一族を捕獲し始めた。そのまま完全な道具になるまで調教していった。

 吸血鬼と狩る側の戦いは激化していった。

 そして―――

 その出来事から更に数百年経過した。


 僕は、吸血鬼一族から頼まれていた。

 この少女を完全な吸血鬼にしてくれ―――と。

 今、僕の後ろに立っている子は、最古の吸血鬼一族の一人。誕生の際に現れた『印シルシ

 この吸血鬼によって、戦いは必ず勝利すると―――

 だが、少女には牙が無かった。

 完全な吸血鬼ではないが、戦いに投入された際には狩る側を千人殺した。この時代にそれだけ殺すのは信じられない出来事だった。

 相手側も、確実にるつもりだったのだろう。

 更に、巨大な数字は吸血鬼側にも期待と歓喜をもたらした。合わせて、完璧な力を手にれたら―――という狂気の願望も抱き始める。

 願望に組み込まれた僕。

 少女は僕に対して敵意を表すことなく、無垢な笑みを浮かべて迎え入れてくれた。

 その時の笑顔は僕の宝物だ。決して誰にも奪わせない―――


 後ろに立っていた少女が膝を曲げ、顔を首元へ近づける。

 荒い呼吸、吸血鬼特有の香り、全てが僕の声によって起きている。幼い身体に似合わない妖艶が、二人を包み込む。

 少女の口が開かれる。

 興奮を抑えられないのか、そのまま口呼吸を続ける。伸びた舌から透明な唾液が一滴垂れた。

 首元に落ちた興奮の雫が滑り落ち、乳首の上を流れていった。

 不意に舐めれられたように感じ、少し身体を震わせてしまう。

 次の瞬間、少女の口元が首筋に噛み付いた。

 鋭い痛みは無い。

 鈍い痛みがしばらく続くと、啜り泣く声と嗚咽が鼓膜を揺らす。

 痛みが消えていく。

 僕はゆっくりと振り返る。

 

「また、出来無かった……ごめんなさい。ごめんなさい……」

 肩を上下に揺らし、流れる涙を一生懸命に両手で拭き取る姿は歳相応だった。


 僕は少女を優しく抱きしめる。

「大丈夫だよ、また頑張ればいいからさ」


 胸に顔を埋め、何度も頷く少女の頭を撫でる。

 どいつもこいつも狂っている―――

 ―――僕もその一人だが。

 このまま少女を連れ去って、争いが無い場所で生活したい。でも、すぐに見つけられるだろう―――

 掴まれば、最悪な結果しかない。

『吸血の練習』と『牙を生やす練習』で疲れ、少女は眠り始めていた。

 僕に抱き着きながら眠る姿を見て、少し笑ってしまう。

 さあ―――

 今日の夕飯は何にしようか。

 少女の好物であるジャンクフードにしようか。練習を頑張ったのだから、それぐらいは許されても良いはず。

 朝聞いたニュースだと、今日は猛暑日になるようだ。出掛けるのはもう少ししてからにしよう。

 コンクリートとアスファルトに覆われた道路。乱立するビル群、忙しなく歩き続ける人達、クラクションを鳴らしながら走る車。

 僕らの争いが始まってから随分と時が流れた。世界は変り、人々の思考も変わった。

 僕等だけが、時から取り残された様な気がする。

 この戦いが終わった時、一体何が残るんだろう―――

 そして、いつ終わるか分からない僕の命。

 大分長い時間生きているから、突然死ぬかもしれない。

 少女を抱きしめる。

 明日も命があるように―――

 強く願いながら、少女を優しく抱きしめた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『可愛らしい吸血鬼』 青月-闇 @10987

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ