第11話
「いいんすね? じゃあ、開けますよ――」
――シャッ
カーテンは、開けられた。
俺が取った行動は――だった。
「っ〜〜〜?!」
真っ赤に染まっていく三森さんの顔。
俺の頬も、熱を帯びていた。
なぜなら――
――俺は今、三森さんに壁ドンをしているのだから。
右手は壁につき、左手で三森さんの顎を少し持ち上げる。
そんな恋人同士でしかしないことを、俺はしていた。
「(でも、こうすれば、俺の背中で三森さんの姿を隠せるッ!)」
結果――
「あっ……す、すんません」
気まずそうな男の声と共に、カーテンは閉められた。
成功……だ。
男は最初、三森さんの名前だけを聞いてきた。
だから――相手は、俺について、あまり知らないのではないのか?
ましてや――俺の後ろ姿なんて覚えていないのでは?
と、考えたのだ。
しかし、普通に三森さんを隠したら不自然で、怪しまれてしまう。
そのため、壁ドンという形で、自然に三森さんの姿を隠したのだ。
とはいえ――
「三森さん……本当にごめん……!」
俺は、三森さんに頭を下げた。
「謝らないでください……! 月城さんは、私を助けてくれようとしたんですよね?」
「まあ……ね」
「でしたら、謝る必要なんて何にもありませんよ! ……むしろ私が感謝しなきゃです。月城さん、守ってくれて、ありがとうございます……!」
三森さんは深々とお辞儀をし――
「本当に……助かりました」
そそぎすぎた水が、コップから一滴、零れ落ちるように、言った。
「俺は、三森さんが無事でいてくれたのなら良かったよ」
「っ……! 月城さんは……ずるいですね」
「へ?」
「そういう言葉を、行動を……平然とやってのけるんですから」
プイッと顔を逸らす三森さん。
未だに、彼女の頬は、仄かな赤みを帯びていた。
――――――――――――
「もう、アイツらは居なくなったみたいだな」
俺は、プリクラ機の中から出て、一息ついた。
「どうする? 流石に今からご飯に行く……というわけにはいかないよな」
「ですね。もしかしたら、佐竹さんたちがまだ、この周辺にいるかもしれませんし」
三森さんは、不安げに周りを見渡しながらそう言う。
やっぱり、三森さんはまだ不安だよな。
なら――
「三森さん、良かったら俺が家まで送ろうか?」
「え……? わ、悪いですよ……!」
「いやいや、流石に三森さんを一人にするわけにはいかないよ。俺でも、何かあった時、囮くらいにはなれるはずだからさ」
「そんな! 囮だなんてこと言わないでくださいよ。私は、月城さんを犠牲になんてしたくありません」
三森さんは、「でも」と呟くと――
「……一人では心細いので、お言葉に甘えて送っていただいてもよろしいですか?」
上目遣いのように俺を見上げながら、目を潤ませてそう言った。
どうしてか、その表情に、ドキッとしてしまう自分がいた。
「(な、何考えてるんだよ、俺は……っ! 今は、真面目な話をしてる最中だろうが!)」
俺は、頭をブンブンと振って、変な考えを振り払うと――
「じゃあ、行こうか」
三森さんを送りに行くのであった。
「今日は、本当にありがとうございます……!」
ゲームセンターを出た後、彼女は何度目かわからない感謝を告げた。
「いやいや、俺が勝手にやったことだし……むしろ、壁ドンなんかしちゃって気持ち悪かったよな」
「い、いえ……月城さんなら、大丈夫ですよ。信頼……してますから」
「そっか。信頼されてるのか、俺」
「ええ、信頼しちゃってます」
そう言いながら、三森さんはくすりと柔らかな笑みを浮かべる。
そして、降り出す小雨のように、静かに話を始めた。
「私は一人っ子な上に、片親家庭で……自分のことはずっと自分で守ってきました」
「そうなのか?」
「ええ……ですから、私は学校では誰とも深い仲にはならず、一人でいるようにしているんです」
そういうことか。
三森さんの学校での孤高さは、自然に作り出されてものではなく、自己防衛のために敢えて作り上げたもの……だったのか。
「でも、学校にも三森さんを守ってくれるような人はいると思うけどな……」
「……かもしれませんね。でも……私には人間不信なところがあって、優しくされると下心を疑ってしまうんです」
三森さんの悲壮感で表情を曇らせる。
本当は、三森さんだって普通に学校生活を送りたかったのだろう。
けれど……不幸にも人間不信になってしまった。
「(辛いな……)」
なんだか、その姿を俺は……見ていられなかった。
「俺で良かったら……いくらでも、頼ってくれよ? ……信頼できるかは、わからないけど」
「信頼してますよ! ……というか、私が信頼しているのは、月城さんと家族だけです」
「そ、そうか……」
三森さんの目には、俺が下心の欠片も持ってない聖人君主にでも見えているのだろうか……?
確かに下心は抱いていないが……そんなに俺は清らかな人間じゃないぞ?
「(とはいえ、信頼されている以上、三森さんのことは守らないとな……)」
俺がそうやって気合いを入れていると……気付けば、三森さんの家の前に着いていた。
「送っていただき、ありがとうございます。本当に……月城さんには助けられてばかりですね」
「そうか? お互い様だと思うけど……」
「そんなことないですよ。昨日も今日も、ずーっと私が助けられてばかりです……」
申し訳なさそうに苦笑を浮かべる三森さん。
彼女は――
「良かったら……お礼をさせてくれませんか?」
俺の手を、両手で握りながら、そう言った。
「だって、今日は昨日のお礼でご飯を奢るはずだったのに、できませんでしたし……それどころか、さらに助けられてしまいました。お礼をしないわけには、いかないですよ……!」
「別に、両方、俺が勝手にしたことだし、気にしなくてもいいんだけどな……」
「そういうわけにはいきません……! なんでもしますから……お願いですから、お礼をさせてください」
「っ……!?」
なんでもする……ね。
そう言われて、よこしまな考えをしない男はいないだろう。
当然、俺もだ。
だが、そんなことを言うわけにはいかないし……かといって、お礼を断れる雰囲気でもないし……。
「……思いつかないのでしたら、提案があります。これであれば……月城さんも喜ぶと思いますから」
「な、なんだ?」
「それは……」
三森さんは、なぜか頬を少し赤める。
い、一体、何をしようとしているんだ?
も、もしかして……
「月城さんに――」
そうして、三森さんは覚悟を決めたように――
「毎日、私がお弁当を作るのはどうでしょうか?」
顔を上げて、そう言った。
「……へ?」
「もしかして、嫌でしたか……? そうですよね……私の手作りのお弁当なんて、お礼になりませんよね……ごめんなさい」
「ち、違う違う違う! びっくりしただけだよ! 三森さんの手作り弁当、めっちゃ興味ある! めっちゃ食べたいなぁ〜」
俺は、よこしまな考えを抱いていたことを誤魔化すように、言葉を重ねる。
何考えてるんだよ、俺……ッ!
一番、下心を持ってるのは俺じゃねえか……!
「本当ですか……? そこまで、食いつかれるとは思ってませんでした……」
「あ……いや、ほら。俺って毎日コンビニ弁当だし……前に三森さんのお弁当箱を見たとき、めっちゃ美味しそうだったからさ」
「ああ、そういうことでしたか」
あっぶねえ……ギリギリ、誤魔化せた……。
「でしたら、連休明けから早速、お弁当を持ってきますね。味には……多少、自信がありますから楽しみにしててください……!」
三森さんは純粋な笑みを浮かべる。
……って、誤魔化せたはいいけど、三森さんの手作り弁当……?!
いつの間にかに、とんでもないラブコメ展開になっていることに、俺はようやく気づくのであった。
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