第12話 学校は手作り弁当と共に
「マジでどうしよう……」
俺は、学校に向かいながら、ため息をつく。
今日は連休明け。
そう――学校が始まる日であり、三森さんがお弁当を用意してくれている日でもあった。
「俺が、三森さんの手作り弁当を貰うなんて……絶対、変な噂が立つだろ……」
正直、あまり目立つのは好きじゃない。
ただ……今更、断る訳にもいかないし。
「(今日だけ……今日だけお弁当をもらって、明日以降は断ろう)」
うん、それが一番のはずだ。
――ガラガラガラ
俺は、教室の扉を開ける。
すると――教室の中では、いつも通りに三森さんが一人で勉強していた。
「あっ、月城さん……! おはようございます」
「おはよう、三森さん」
いつも交わしてるはずの挨拶。
なのに――今日は、三森さんの声色がいつもの何倍も柔らかかった。
「月城さん、月城さんっ! ……約束通りにお弁当を作ってきたので、他に人が来ないうちに受け取っていただけませんか……?」
お弁当箱を片手に、不安げにこちらを見つめる三森さん。
そんな表情をされては、受け取るしかないだろ……!
「三森さん、ありがとう……けど、明日からは――」
「一応、月城さんの好きそうなものを入れてみたのですが、中身を確認して貰ってもいいですか?」
「へ? ……わ、わかったよ」
じゃあ、お弁当の中身を確認したら、言い直すか。
俺はそう思いながら、お弁当を開けると――
「――なにこれ……?! 凄っ!」
お弁当には、色とりどりなおかずが敷き詰められていた。
唐揚げや卵焼き、ピーマンの肉詰めやほうれん草……種類めっちゃ多いな?!
というか、見ただけでわかってしまうクオリティの高さよ……。
「凄いな……! どれも凄く美味そうだよ」
「本当ですかっ? ……月城さん、よかったら今、試しにどれか、食べてみます?」
「え……いいのか? じゃあ、卵焼きを一つだけ、もらおうかな」
朝だし、唐揚げよりは卵焼きの方が食べたいんだよな。
それに……卵焼きは、自分で作ると面倒だから、最近は全然食べてなかったし。
「わかりました。では……」
三森さんは、そう言いながら、箸で卵焼きを掴み――
「どうぞっ……!」
俺の口に、卵焼きを近づけてきた。
そう、いわゆる――
「……へ? み、三森さん?!」
てっきり、この前の仕返しで三森さんには、食べさせてもらうのが恥ずかしいとわかってもらえたと思っていたんだけどな……?!
今回はどういうことだ? 無意識?
「どうかしたのですか?」
三森さんは、様子のおかしい俺を見て、不思議そうに小首を傾げる。
あ、あれ……また無自覚なのか……?!
「ふふっ、もしかして、食べさせてもらうのが恥ずかしいのですか?」
そして、意地悪げな表情を浮かべる三森さん。
もしかして、わざとなのか?!
「み、三森さん……?! 揶揄うのは程々にして欲しいというか……そうじゃなきゃ、俺の心がもたないというか……」
「でも、1回したのですから、もう今更でしょう? ほら、『あーん』」
「っ……?!」
三森さんは、再び卵焼きを近づけてくる。
俺は、それを拒むことが出来なかった。
「んっ……」
意を決して、卵焼きを口に入れると――
「美味しい……!」
ふわっとした食感と口に広がる卵の甘みが、実に美味しい。
そして、卵焼きは、作りたてなのか、まだ温かさが残っていた。
「気に入っていただけたなら良かったです」
「ああ……美味しかったよ、本当に」
誰かの手作りの料理を食べるなんて、いつぶりだろうか。
気付けば、俺の心も少し暖まっている気がした。
「三森さんって、料理もめっちゃ上手なんだなぁ……本当に凄いよ」
「毎日家事をしてたら、自然にある程度、できるようになっていただけですよ?」
「いやいや、家事してるだけで、そこまで料理が上手くなってたら誰も苦労しないぞ……?」
「そういえば、月城さんは一人暮らしでしたよね。お料理はしないんですか?」
「しない……というか、できないな」
思い出される数々の失敗の記憶。
ゆで卵を作ろうとして、電子レンジの中で爆散していった卵の数々。
米を炊こうとしたら、水を入れ忘れて、硬い米を食べることになった経験。
俺は、絶望的なまでに料理ができないのだ。
「えっと……大丈夫ですか? 苦虫を噛み潰したみたいな顔してますけど……」
「あ、ああ大丈夫だよ。とにかく、俺は一人暮らしだけど、料理ができなくってさ」
「……でも、だとしたら月城さんは毎日、何を食べているんですか? 毎日外食というわけにもいかないでしょう?」
「それは……ほら、料理せずに食べられるものをな」
「もしかして……カップ麺ですか?」
「うっ……」
鋭い視線を向けてくる三森さん。
まさにその通りだった。
「ダメじゃないですか……っ! カップ麺ばかり食べてたら、栄養が偏って、不健康になっちゃいますよ?」
「そ、それはそうなんだよな……だから、最近は料理しなくても食べられるサラダとか生卵も食べるようにしてるんだけど……」
「生卵をそのまま……? 原始時代の人でも、もう少し凝った物を食べてると思いますけど……」
「ま、まあね……」
すると、三森さんは小さくため息をつく。
そして、何かを決意をしたような目で――
「私、決めました。月城さんに毎日、お弁当を作ってきます……!」
「へ……へっ?! さ、流石に毎日は悪いというか……ほら、三森さんも大変だろうしさ?」
「大丈夫ですよ。作る量を増やすだけですので、大した手間にはなりません」
三森さんは、「でも」と付け加えると――
「月魄さんが、素材の味を楽しむ方が好きと言うなら、私も無理に作ってきませんが……どうですか?」
三森さんは、意地悪げな微笑みをたたえながら、そう訊いてきた。
「(くっ……作ってもらうのは申し訳ない……けど、そのままの食材やカップ麺ばかりじゃなくて、ちゃんと美味しい料理を食べたい……)」
俺の中で、二つの感情がせめぎ合う。
結局、俺は――
「うっ……弁当、作って欲しいです……」
食欲には勝てなかった。
さっきの卵焼きで俺の胃袋は完全に掴まれていたのだ。
「ふふっ、任せてください! 腕によりをかけて作ってきますね……!」
「はい……お願いします……!」
そうして――
俺は、学校1の美少女『月下美人』――三森さんに、毎日、お弁当を作ってもらうことになったのであった。
――――――――――――――――
「ここなら……誰にも見られないよな」
お昼休み。
屋上……は閉鎖されているので、その手前の階段で、俺はお弁当を開く。
「流石に……三森さんと同じお弁当を食べてるところを見られるわけにはいかないんだよな」
そうすれば、三森さんに迷惑がかかってしまう。
だって……全く同じお弁当を食べてる俺たちを見れば、『月下美人と俺が付き合ってる』なんて噂する輩が生まれるだろうから。
「さっ、食べるか」
俺は早速、唐揚げに箸を伸ばす。
その時だった。
「――居ました……っ! 探しましたよ、月城さん!」
三森さんが、階段を上がってきたのだ。
「ど、どうしてここが……!?」
「前に、月城さんが、お弁当箱を持って、この階段を上がっていくのを見たことがあったので、もしかして……と思いまして。……それよりも、どうして、ここで食べてるんですか?」
三森さんは、そう言って頬を膨らませた。
「い、いや……教室で食べてたら、変な勘繰りをされるかなって……ほら、ほぼ同じお弁当なんだから、作ってもらってるってわかっちゃうじゃん?」
「ふぅん? そういう理由でしたか……でも、だからと言って、こんなところで一人で食べる必要はないでしょう?」
「つっても、俺、別に一緒に昼飯を食べる人なんていないし……」
昼飯は基本一人……というか、それ以外の時も、俺は基本、一人だ。
だから、当然、飯に誘うほど仲のいい人は、クラスにはいないのだ。
すると、三森さんは不安げな表情で――
「えっと……私では、ダメでしたか……?」
体の後ろに隠していたお弁当箱を見せて、小首を傾げた。
《あとがき》
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