第6章 捕縛と決断

扉が激しく揺れ、小屋の錆びた蝶番が悲鳴を上げた。

外からの圧力に、今にも壊れそうだ。


「くそっ……!」

匡は鉄パイプを構え、蓮を背後にかばった。

蓮は震えながらも、匡の服の裾をしっかりと掴んで離さない。


「匡さん、逃げよう!」

「駄目だ。ここを出れば、森の中で確実に捕まる。迎え撃つしかない」


次の瞬間、扉が破れ、黒服の男たちがなだれ込んできた。

懐中電灯の白い光が小屋を切り裂く。


「やはりいたな……」

先頭の男が低く笑った。

「“黄金の血”――ようやく手に入る」


匡の頭に血がのぼった。

「ふざけるな! こいつは俺の大事な人だ! モノ扱いなんてさせるか!」


鉄パイプを振り下ろし、男の肩を打ち据える。

だが次々と押し寄せる人数に、すぐ劣勢に追い込まれる。


蓮が叫んだ。

「匡さん! 俺を置いて、逃げて!」


「黙れ!」

匡は息を切らしながら叫び返す。

「お前を渡すくらいなら……ここで死んだ方がマシだ!」


だが力の差は歴然だった。

背後から押さえ込まれ、匡は床に叩きつけられる。

鉄パイプが手から滑り落ち、男たちが蓮へと手を伸ばした。


「やめろ……!」

必死に叫ぶ匡の声が、闇に飲み込まれていった。




蓮の手首を掴んだ男が、乱暴に腕を引き上げる。

「離せ! 俺は……!」

抵抗する蓮の頬を、別の男が無造作に殴りつけた。


「やめろ!」

匡は床に押さえつけられながら、必死に身体を捩った。

だが背中に乗る重量は重く、まるで鉄の塊に押し潰されているようだった。


「黄金の血……これで我々の研究は完成する」

低い声で告げるリーダー格の男の目は、冷たい欲望に濁っていた。


蓮は涙を滲ませ、振り返って叫ぶ。

「匡さん! 俺、怖いよ!」

「大丈夫だ! 絶対助ける!」


その叫びが交錯する中、男たちは蓮の身体を拘束具で縛り、無理やり引きずり出そうとした。


匡の胸に燃えるような怒りがこみ上げる。

(奪わせてたまるか……!)


床に転がっていた鉄パイプに指先が触れる。

全力で掴み取り、背後の男の脛を殴りつけた。

「ぐっ……!」

隙を突いて身を捻り、匡は立ち上がる。


「蓮を放せえええっ!」


一瞬の混乱。

だが蓮はすでに扉の外へと引きずり出されようとしていた。

匡は血の気が引くのを感じながら、その背を追った。



月明かりの差す外に引きずり出された蓮は、必死に足を踏ん張った。

だが複数の男たちに囲まれ、細い体は容易く抑え込まれてしまう。


「やめろ! 離せっ!」

声は震えていたが、その瞳は匡を必死に探していた。


「蓮!」

小屋から飛び出した匡が、鉄パイプを振りかざして突進する。


「邪魔をするな!」

黒服の一人がナイフを構える。

だが匡は恐怖よりも怒りに突き動かされ、躊躇なく踏み込んだ。


金属音が夜に響き、パイプがナイフを弾き飛ばす。

続けざまに相手の胸を突き飛ばし、蓮のもとへ駆け寄る。


「匡さんっ!」

涙声が耳に届く。

その瞬間、背後から別の男に肩を掴まれた。


「捕まえろ!」


匡は反射的に肘を打ち込み、男を振り払う。

だが人数は圧倒的に多い。

押し寄せる黒い影に、次第に追い詰められていく。


蓮は必死に叫んだ。

「匡さん! もういい、俺なんかのために……!」


「黙れっ!」

匡は声を張り上げた。

「お前を渡すくらいなら、ここで死んだって構わない!」


その叫びは夜の森に響き渡り、一瞬、敵の動きを鈍らせた。

だがすぐに、リーダー格の男が冷たい声を投げつける。


「なら、力ずくで終わらせるしかないな」


闇の中で刃物が光り、決死の抵抗はさらに苛烈さを増していった。




数の差は残酷だった。

匡の鉄パイプが再び男を打ち倒すが、次の瞬間には二人、三人と押し寄せてくる。

腕を掴まれ、背後から膝を蹴り込まれ、地面に叩き伏せられた。


「くっ……!」


背中に膝を押し当てられ、動けない。

手首に冷たい金属の感触が食い込む。

拘束具だ。


「もう終わりだ」

リーダー格の男が吐き捨てるように言った。


蓮は必死に立ち上がろうとしたが、すぐに殴打されて膝をついた。

両腕を後ろに縛られ、口元に布を当てられる。

くぐもった声が夜に響く。


「やめろっ! 蓮を離せ!」

匡の喉から血を吐くような叫びが漏れた。


リーダーが冷たく笑う。

「安心しろ。彼の血は“世界を変える”。死なせはしない。だが、君の存在は余計だ」


刃が月光を反射した。

その冷たい光が、匡の首筋に迫る。


「やめてぇぇぇっ!」

蓮が叫ぶ。布越しに、涙混じりの声が絞り出される。


匡の胸を焼くのは恐怖ではなく、悔しさだった。

自分の弱さで、守りたい存在を奪われようとしている。


(……このまま終わるのか? 本当に?)


だが、どんなに身体を捩じっても、縛鎖は無情に食い込み、匡を地面へと押さえつけていた。




刃が喉元に迫り、夜気がひどく冷たく感じられた。

匡は荒く息を吐きながら、縛られた手首を無理やり動かそうとする。

だが鎖は食い込み、皮膚が裂けて血が滲むばかりだった。


「……くそっ……!」


リーダーの男が淡々と告げる。

「君を生かす理由はない。邪魔者はここで消える」


蓮が拘束されたまま必死に身をよじった。

「待って! 俺を……俺を連れて行くから! 匡さんだけは殺さないで!」


その声は絶望的な必死さに震えていた。

匡の心臓が痛む。

(お前は……そんな取引をしなくてもいい)


「やめろ蓮! そんなこと言うな!」

「でも、このままじゃ匡さんが――!」


リーダーが鼻で笑う。

「いいだろう。君の言葉次第で彼の命は救われる」


静寂が落ちた。

森のざわめきすら止まったかのような、張りつめた時間。


匡は蓮を見つめ、血に濡れた唇を震わせた。

「蓮……俺はお前を守るためなら、命なんて惜しくない。だから……」


蓮の瞳から涙がこぼれた。

「駄目だよ……俺、匡さんがいなきゃ……生きてたって意味ないんだ」


刃がさらに近づき、冷たい光が視界を覆った。

その瞬間、匡の中で何かが決壊した。


(――どんな手を使ってでも、こいつを奪い返す!)


拘束具に逆らって全身を震わせ、血まみれの手を強引に動かす。

骨が軋む音が響いた。


驚いたようにリーダーが眉をひそめる。

「まだ抗うか……!」


匡は叫んだ。

「蓮を渡さない! 絶対に!」


その咆哮は夜の森を震わせ、選択はすでに示された。

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