第7章:反撃と真実
刃が振り下ろされる寸前、
匡の体内で何かが爆ぜた。
視界が赤く染まり、血流が激しく脈打つ。
痛みや恐怖が霧散し、ただひとつの衝動が全身を支配した。
――蓮を守る。
拘束具を無理やり引きちぎった瞬間、金属の鎖が千切れる甲高い音が響いた。
リーダーが目を見開く。
「なっ……!?」
次の瞬間、匡は異常な力で立ち上がり、目の前の男を突き飛ばした。
黒服が数メートル先まで吹き飛び、木に激突して崩れ落ちる。
「……匡さん……?」
蓮の声が震える。
見慣れたはずの背中が、今はどこか異様に見えた。
血まみれの腕、爛々と光る瞳。
その姿は人間というより、抑えきれない何かの“獣”に近かった。
リーダーが吐き捨てる。
「馬鹿な……! “力”が、目覚めたのか……!」
匡は低く唸り、刃を振るう男の腕を掴むと、容赦なく捻り折った。
鈍い悲鳴が夜に響く。
周囲の男たちが一瞬ひるんだその隙に、匡は蓮の元へ駆け寄る。
拘束具を力任せに引き裂き、彼を抱き寄せた。
「……蓮、もう大丈夫だ」
その声は低く、震えていた。
しかし確かに、守る者の決意に満ちていた。
倒れた部下を見下ろしながら、リーダー格の男は苦笑した。
「やはり……そういうことか。なるほど、全ての辻褄が合う」
匡は蓮を庇うように抱き寄せたまま、低く唸った。
「……何を知っている」
「君が“普通”の人間でないことは分かっていた。だが、その力……まさかここまでとは」
リーダーの瞳が妖しく光る。
「君の血脈は“ゴールデン・ドナー”と呼ばれるものだ。蓮の中に眠る“資質”を目覚めさせる触媒……」
蓮の体がびくりと震えた。
「俺……が……?」
「そうだ。君の血液には、あらゆる病を治し、人の肉体を強化する因子がある。だが、その因子を安定させるには――」
リーダーの視線が匡へ突き刺さる。
「彼の存在が不可欠なんだ」
匡の眉間に深い皺が刻まれる。
「……どういう意味だ」
「簡単なことさ。君と蓮は“対”で設計されている。二人が揃って初めて、奇跡が起こる」
蓮は愕然として首を振った。
「設計……って……まさか俺たち、最初から……」
リーダーが口角を吊り上げる。
「出会いも、絆も、偶然ではない。君たちの存在は、我々の研究の“成果”だ」
その言葉に、匡の心臓が冷たく締めつけられた。
自分たちが歩んできた時間、想い合ったすべてが――誰かの掌で操られていたというのか。
「ふざけるな……!」
怒声とともに、匡の周囲に再び異常な気配が立ち込めた。
リーダーは一歩も退かず、ただ冷たく告げた。
「怒りを糧にしろ。それこそが、お前たちの宿命だ」
リーダーの言葉は、鋭い刃のように胸を抉った。
「俺たちが……作られた……?」
蓮は呟くように言い、顔色を失っていく。
その瞳には恐怖と自己否定が滲んでいた。
匡は必死に彼の肩を掴んだ。
「蓮、聞くな。あんな奴の言葉に惑わされるな」
「でも……! もし本当なら、俺たちの出会いも、想い合ったことも……全部、仕組まれてたんじゃ……!」
蓮の声は震え、涙が零れた。
「だったら……俺が匡さんを好きになった気持ちも……俺のものじゃない……?」
匡の胸が鋭く痛む。
誰よりも大切にしたい存在が、自分の価値を疑っている。
それだけは許せなかった。
「違う!」
匡は蓮を強く抱きしめた。
「出会いがどうだろうと、研究だろうと関係ない! お前が泣いて、笑って、俺を必要としてくれた――それだけが真実だ!」
蓮は声を詰まらせ、匡の胸に顔を埋めた。
「……でも、俺……怖いんだ。もし俺が“ただの道具”だったら……」
「道具なんかじゃない!」
匡は叫んだ。
「俺にとっては、蓮は――ただひとりの、大切な人間だ!」
その言葉に、蓮の指先が震えた。
ゆっくりと匡の服を握り返す。
「……匡さん……信じていいの……?」
「何度だって言う。信じろ。俺のすべてをかけて、お前を守る」
二人の間に強い絆が再び結ばれていくのを、リーダーは静かに見つめていた。
その瞳には、焦りとも期待ともつかない影が宿っていた。
「……やはり、君たちは拒絶するのか。だがそれこそが、“完全な対”の証明だ」
リーダーの合図と同時に、周囲の黒服たちが再び襲いかかってきた。
怒りと混乱に駆られた匡は、蓮を背後に庇いながら立ち向かう。
「来るな……!」
鉄パイプを握る腕が、異常な力で唸りを上げる。
振り抜かれた一撃で、二人まとめて吹き飛ばされた。
蓮はその背中に怯えと同時に惹きつけられる感情を覚える。
血に濡れた匡は、もはや人間離れした存在だった。
リーダーが声を張り上げる。
「見ろ! これが“ゴールデン・ドナー”の片鱗だ! 人間を超えた力だ!」
「黙れっ!」
匡は叫び、敵の拳を素手で受け止め、関節をねじり折った。
悲鳴とともに兵士が崩れ落ちる。
だが数は尽きない。
次から次へと襲いかかる黒服たちに、匡の身体も限界を迎えつつあった。
息は荒く、視界は赤く霞む。
「匡さん!」
蓮が背後で必死に叫ぶ。
「無理だよ、こんなに大勢じゃ……!」
「諦めない……! お前を渡すくらいなら!」
匡の咆哮が夜を裂く。
リーダーは静かに後退しながら、観察者のようにその様を眺めていた。
「……やはり素晴らしい。だが、まだ未完成だ」
蓮の耳に、その言葉が突き刺さった。
「未完成……?」
リーダーの口元が歪む。
「完成するためには、“二人の融合”が必要なのだ」
蓮は凍りついた。
リーダーの言う“融合”が、何を意味するのか分からないまま、心臓が嫌な音を立てて跳ねた。
その隙を突いて、黒服の一人が蓮に手を伸ばす。
「やめろぉぉぉ!」
衝撃波が広がり、黒服たちが一斉に吹き飛んだ。
地面が揺れ、木々の枝が折れ、夜の森が悲鳴を上げる。
「……匡、さん……?」
蓮は震える声で背中に問いかけた。
振り返った匡の瞳は、もう人間のものではなかった。
紅く輝き、獣のように光を放っている。
その眼差しに一瞬怯えながらも、蓮はそこに自分への強烈な執着を感じ取った。
「蓮……」
低く掠れた声が、夜の静寂を震わせる。
「お前を守る……それだけが俺の力の意味だ」
蓮の胸の奥に、温かくも苦しい感情が溢れた。
恐怖と愛情、依存と欲望――すべてがないまぜになっている。
リーダーが薄く笑った。
「……始まったな。二人の力は互いを媒介にして増幅する。君たちが求め合うほど、その力は臨界に達する」
「俺たちが……求め合うほど……?」
蓮の心臓が強く脈打つ。
確かに、匡と視線を交わすたびに、身体の奥から熱がせり上がってくる。
それは恐怖ではなく、燃え上がるような渇望だった。
匡は蓮の肩を掴み、真っ直ぐに見つめる。
「蓮、信じろ。お前と俺が一緒なら……絶対に勝てる」
その瞬間、蓮の身体からも光が漏れ出した。
金色の輝きが血管を走り、匡の赤い力と交差していく。
「な、何だこれは……!」
黒服たちが恐怖に後ずさる。
二人の手が触れ合った瞬間、赤と金の光が渦を巻き、森全体を覆うほどの奔流となった。
リーダーの表情から余裕が消え、初めて焦燥がにじむ。
「……これが、“完全な融合”の兆し……!」
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