第28話--冬の灯のように--

朝の冷たい空気を切るように、スマートフォンの通知音が鳴った。

画面には“凛”の名前。


『朝から、うちに来て。話がしたいの。』


胸の奥がきゅっと締めつけられる。

久しぶりに見るその文字列が、懐かしいのに、どこか怖かった。

それでも指は自然と動いていた。


『分かった。すぐ行くね。』



白く曇る息を見つめながら歩く道。

冬休み最後の日だというのに、

街はまだ少しだけ眠っているように静かだった。


玄関のチャイムを押すと、少しの間を置いて扉が開いた。

出てきた凛は、いつもより穏やかな顔をしていた。


「おはよう、彩。寒かったでしょ。」

「ううん、そんなでも……。お邪魔します。」


靴を脱ぐと、ふわっと温かい空気に包まれた。

リビングの奥からは、紅茶の香り。


凛が笑って言う。

「また聞くけど――レモンティー? それとも紅茶? お茶でもいいけど。」


懐かしい響きに、思わず微笑んだ。

「あのときと同じで、レモンティーで。」


「やっぱりそう言うと思った。」

凛の笑顔に、少し胸が痛くなる。



窓の外では、まだ雪がちらついている。

テーブル越しに、ふたりで温かいカップを手にしながら話す。


たわいもない話。

冬休みの宿題のこと、最近読んだ本のこと。

でも、どれも少しずつ凛が私の様子を探っているようにも感じた。


けれど、その優しさが心地よくて、

もう何も隠したくなかった。



昼頃になると、凛が「少し出かけよう」と言った。

外に出ると、雪はやんで、透き通った空気が頬を刺す。


駅前の小さな洋食屋で昼食をとった。

二人で食べるハンバーグランチは、

なんてことのない味なのに、

胸の奥がじんわりと温かくなった。


「やっぱり外で食べるのいいね。」

「うん、こういうの、久しぶり。」


そのあと、近くの本屋に立ち寄った。

凛は文庫コーナーで足を止め、

背表紙を指でなぞる。


「最近、こういう表紙の小説が好きなんだ。」

「……ふふ、やっぱり凛っぽい。」


気がつけば、二人とも何冊かを手に取り、

そのままベンチに座って読み始めていた。

時間の流れがゆるやかで、

このまま冬が終わらなければいいのにと思った。



日が沈む頃、家に戻ると、

リビングの中は静かで、どこか懐かしい。

凛がカップを二つ並べて、また紅茶を淹れた。


「彩。」


少し真剣な声。

視線を向けると、凛の目がまっすぐこちらを見ていた。


「……今日、うちに泊まっていかない?」


一瞬、時間が止まる。


「えっ、でも――」


「いいでしょ? 冬休み最後の日くらい、一緒にいたいの。」

凛は微笑んだまま、

少し照れくさそうに続ける。


「明日、一緒に学校行こ?」


その言葉に、不思議と拒めなかった。

あのときみたいに、チョーカーを首につけて、

ただ“隣にいる”ことが自然に思えた。


「……うん。じゃあ、お邪魔します。」



夜、暖炉の火のように穏やかな灯りの下、

二人は並んでソファに座っていた。

開いた文庫本は、どちらも途中のまま。


凛が小さく呟く。

「この時間が、ずっと続けばいいのに。」


その声が、冬の静けさに溶けていった。

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