第27話--雪の朝に呼ぶ声--
冬休みが、終わろうとしていた。
時計の針が進むたび、
胸の奥で何かが静かに軋むような音がした。
外は一晩中降り続いた雪で、
街全体が白く覆われている。
その静けさが、まるで世界が止まったみたいで――
少しだけ、怖かった。
机の上には、開いたままのノート。
その横に置かれたスマートフォン。
画面には、送ることのないメッセージの下書き。
『会いたい。』
たった四文字。
けれど、どうしても“送信”を押せなかった。
「……私、どうしたいんだろう。」
呟いた声が、冷たい空気の中に溶けていく。
彩と最後に会ったのは、もう一か月も前。
ネックレスを渡して、笑って、
でもその笑顔の奥に何か言いかけたような表情が焼きついている。
――あのとき、ちゃんと伝えればよかったのかもしれない。
気まぐれで始めた「放課後の秘密」。
でも、いつの間にかあの時間が私の中で
一番“生きている”と感じられる場所になっていた。
彩が笑うと、
胸の奥に灯がともるみたいで。
彩が俯くと、
その灯が消えそうになって――怖くなった。
だから、首飾りを渡した。
形として残せば、
この想いを縛れると思った。
でも、違った。
あの子の心は、きっともう私の手の届かないところにある。
そう思えば思うほど、
触れたくなる。
ふと、鏡の前に立った。
そこに映るのは、
黒いチョーカーをつけた自分。
もともと彩の首についていたもの。
初めて見たときは、
息苦しそうなその装飾に美しさを感じた。
「……どうして、外せないんだろう。」
理由は分かっている。
彩の温もりがまだ、この布の内側に残っている気がするから。
午前八時。
外ではまだ雪が舞っている。
私はスマートフォンを手に取り、
新しいメッセージの画面を開いた。
指が震えて、何度も打ち直す。
『彩。今日、少し時間ある?』
一度深呼吸して、送信ボタンを押した。
たったそれだけのことなのに、
心臓が速く打つ。
すぐに既読がついた。
そして少しの間のあと、返信が届く。
『あるけど、どうしたの?』
雪の白がカーテンの隙間から差し込む中、
私は小さく息を吐いた。
『朝から、うちに来て。話がしたいの。』
送った瞬間、
部屋の中の空気が変わった気がした。
もう、迷う理由はない。
このまま何も言わずに冬が終わったら、
たぶん私は、春を迎えても立ち止まったままだ。
鏡の前でコートを羽織る。
そしてチョーカーに触れ、
小さく呟いた。
「……これで、終わらせるつもりはないから」
窓の外では、雪が静かに降り続いている。
その白さの向こうに、
彩の姿が浮かぶような気がして――
胸の奥が少しだけ熱くなった。
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