第26話--降り積もる気配--

冬休みの午後、窓の外では淡い雪が静かに降っていた。

暖房の音と、たまに立てるページをめくる音だけが部屋の中を満たしている。


ベッドの上で丸くなりながら、私は凛にもらったペンダントを指先で弄んでいた。

光の角度によって色が変わるその石は、冬の日差しの下で小さく瞬いている。


――あれから、もうどのくらい経っただろう。


凛と最後に話したのは、あの屋上のあと。

彼女の家に呼ばれて、紅茶を飲んで、少しだけ笑い合った。

それから連絡はなかったけれど、

なぜか「終わった」とは思えなかった。


そんな時だった。

スマホが震えた。


画面に映る名前――望月 結。


『ねえ、今日ちょっと出られる? 翠と一緒に駅前で会おうって』


軽い誘い文句。

久しぶりに外の空気を吸うのも悪くないと思い、私は「行く」と返信した。



駅前のカフェ。

外は相変わらず雪が舞っていて、

ガラス越しの光がテーブルに落ちていた。


「最近の彩、ちょっと落ち着いた?」

結がストローをくるくる回しながら言った。


「……どうだろ。落ち着いたというか、冬眠中?」


翠が吹き出して、「あんたらしい」と笑う。


そんな他愛もない会話をしていると、

結がふと真面目な声を出した。


「ねえ、この前、黒田 澪に会ったんだけど」


「澪……?」

名前を聞いて、思わず背筋が伸びた。


「うん。あの子、凛ちゃんと話してたって。

たまたま駅前で会ったらしいよ」


その瞬間、

心臓がひとつ強く跳ねた。


「……凛と?」


「そう。なんか元気そうだったって。

澪が言うには、ちょっと変わった感じだったけど――

チョーカーをつけてたらしい」


言葉が止まる。

チョーカー。


あの黒い首飾り。

私が一度はつけて、今は彼女のもとにあるもの。


「……そうなんだ」

ようやくそれだけ絞り出した。


結が私の顔を覗き込む。

「ねえ、彩。ほんとに凛ちゃんとは、なんでもないの?」


「なんでもないよ」

即答したけど、自分でもその声が少し震えていた。


翠が小さく息をついた。

「“なんでもない”顔じゃないよ。

あんたさ、気づいてるでしょ? そのペンダント触る癖」


私は慌てて手を離した。


「……別に」


窓の外に視線を逸らす。

降り続く雪が、静かに街を覆っていく。



帰り道、

ひとりで歩く足元にも、白い雪が薄く積もっていた。


“凛がチョーカーをつけてた”

その言葉が頭から離れなかった。


どうして、まだ持ってるんだろう。

どうして、そんなものを――。


気づけば、指先が自然とペンダントを探していた。

凛が渡してくれた、光の石。


街灯の下でそれが柔らかく光るたびに、

胸の奥で何かが静かに疼いた。


――また、会いたい。


そう思ってしまった瞬間、

冷たい空気が頬を刺した。


でも、不思議とその冷たさが心地よかった。


まるで、

その先に彼女がいるような気がしたから。

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