第29話--ひとつの夜、ひとつの灯--

冬休みの最後の夜。

私の家に泊まることを決めたものの、彩は少し戸惑っていた。


「凛、ごめんね。学校の用意とか、着替えとか……一度家に取りに行ってもいい?」


「うん、いいよ。」

凛はすぐに頷いたが、

そのあと当たり前のように「私も行く」と言った。


「え、どうしたの?」


「彩の家に着いていく。……ダメ?」


不意を突かれたように、彩は小さく笑ってしまう。

「……ダメじゃないけど、なんで?」


「別に。気になっただけ。」


言葉の意味を測りかねたまま、私は頷いた。

凛が何を思っているのか分からなかったけれど、

その瞳にはどこか、決意のようなものが見えた。



外に出ると、夜の空気は凍えるほど冷たかった。

吐いた息が白く伸びて、街灯の光に滲んで消えていく。


私の家に着くと、玄関先で凛は無言のまま周囲を見回した。

家の灯りはついているのに、どこか静まり返っていた。


「ただいま。凛、ちょっと部屋上がってて。すぐ用意するから。」


「うん。」


凛は遠慮がちに上がり、私の後をついていく。

その様子を見た私の母が顔を出した。


「あら、彩ちゃん。お友達?」


「うん、今日、凛の家に泊まるね。」


「そう。気をつけてね。」


母はそれだけ言うと、また奥の部屋に戻っていった。

凛はそのやり取りを見ながら、

(……すんなり許すんだ)

と、胸の中で小さく呟いた。


彩が時々、曇った表情をしていた理由。

それは、もしかしたら家庭のこともあるのかもしれない。

そう思うと、胸の奥が少し痛くなった。



荷物をまとめた彩が私のもとへ戻ると、

「ごめんね、待たせちゃって。」


「ううん。……じゃ、行こ。」


外に出ると、街はすっかり夜の色。

二人の影が並んで歩道を伸びていく。


「ねえ、凛。夜ご飯どうする?」


「うーん……まだ決めてない。」


「じゃあ、シチューとか作ろっか。温かいし。」

彩は少し照れくさそうに微笑んだ。


私はその笑顔を見て、小さく頷いた。

「……いいね。シチュー。」



スーパーで買い物をして、

凛の家に戻った頃には、もう指先が冷たくなっていた。


「荷物はソファに置いといて。」

「うん。」


コートを脱ぐと、凛が袖をまくり上げた。

「じゃ、作ろっか。」


「ふふ、凛って意外と器用なんだね。」


「別に、料理くらいできるもん。」


少しむすっとした顔を見て、彩は笑った。

まるで昔からこうしていたような、

不思議な安心感があった。



できあがったシチューは湯気を立て、

テーブルに並ぶ光景がやけにあたたかかった。


「……おいしい。」

「でしょ?」


私たちは顔を見合わせ、ふっと笑った。

心の奥まで温かくなる。

こうやって食事を共にするだけで、

胸の奥が柔らかくなるようだった。


“この先も、こんな時間があればいい”

二人とも、同じことを考えていた。



片付けとお風呂を終えたあと、

私たちはソファに並んで座り、

今日買った文庫本を読み始めた。


肩が触れそうで触れない距離。

時計の針が進む音だけが部屋に響く。


「……もうこんな時間。どうしよっか?」

「うん、明日学校だし、寝ようか。」


そう言いかけた瞬間、凛が私の手の上にそっと手を重ねた。

その指先は少し震えていた。


私が顔を上げると、

凛はどこか不安そうで、それでいて安堵したような表情をしていた。


「……一緒に寝よ。」


「え?」


「……いや?」


「いやじゃないけど……凛はいいの?」


「……別に、いい。」



私たちは凛の部屋に移り、

ベットの上で並んで横になった。

凛が私の手を握る。

その温もりが、鼓動に重なって伝わってくる。


凛が小さく身体を寄せ、

抱きしめるように腕を伸ばしかけて――止まった。


私はその仕草に胸が締めつけられた。

(今日の凛、どうしたんだろう……)


迷いながらも、私は握られた手を強く握り返した。

そして自然と、言葉がこぼれた。


「……大丈夫だよ。私は、凛から離れないよ。」


その声に、凛の肩が小さく震えた。

次の瞬間、凛の腕が私を包み、

温もりと共に小さな嗚咽が聞こえた。


凛の瞳から涙がひとすじ落ち、

私の頬に触れた。


二人はそのまま抱き合い、

静かに、ゆっくりと眠りについた。


外では雪が舞い、

冬の夜は、まるで二人を包み込むように静かだった。

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