第16話--凛の胸の奥で--
夜の窓ガラスを、白いものがゆっくり横切っていく。
粉雪だった。
少し前まで、冬の冷たさなんて気にも留めていなかった。
――この家には、父も姉も帰ってこなかった。母は私を置いて出て行き、父や姉は仕事に追われ、いつの間にか私はただひとりの家で過ごす日々になっていた。
孤独は、いつも部屋の空気にじんわりと溶け込んでいた。
机に広げたままのノートのページは、半分以上空白のままだ。
勉強を始めようとしても、ペン先は動かない。
ふと窓の外へ目をやると、街灯の下で雪が静かに舞っている。
視線がそこに吸い込まれていく。
(また、彩のことを考えている……)
頬杖をつきながら、小さくため息をついた。
最近、教室での彩は少し変わった。
初めてチョーカーをつけた頃のぎこちなさは薄れ、
時折見せる表情がどこか柔らかくなった気がする。
そのたびに、自分の中の何かが微かにきしむのを感じる。
目を閉じると、脳裏に浮かんだ。
彩を初めて家に呼んだ日。玄関で少し躊躇していた彩に、私は自分でも驚くくらい優しい声で「上がって」と言った。
あのときは、ただ単に誰かと一緒に温かい時間を過ごしたかった、
孤独を少しでも埋めたかっただけかもしれない。
もともと彼女に首飾りをつけさせたのは、ただの気まぐれと、どこか寂しさを感じる私が温かさを求めてしまったからだった。
キッチンで「レモンティー、紅茶、それともお茶?」と尋ねたとき、彩は少し迷ってから「レモンティー」と答えた。
その声が静かで、胸の奥に残った。
湯気の向こうで、カップを両手で包む彩の指先が少しだけ震えていて――
それを見た瞬間、私は思っていた以上に、この子を意識してしまっていることに気づいた。
(わたしらしくない)
それでも、あの日、彩が私を真正面から見て笑ったことを、きっと忘れられない。
チョーカーを外し、新しいネックレスをつけるとき、彩はほとんど抵抗しなかった。
その首筋の温もりが、今も手に残っている気がする。
屋上で初めて出会った日の記憶は、もっと寒い日のことだった。
放課後の空気は透き通っていて、私は本を読みながら、
誰にも邪魔されない時間を過ごしていた。
そこに突然、彩が現れた。
好奇心に駆られた瞳で戸惑いながらも屋上に足を踏み入れ、声をかけてきた。
そのとき、なぜか彼女は、この先クラスメイトとしては終わらない存在になる予感を
抱かせた。
あれから季節が変わり、彩の周りも少しずつ変化している。
友人の結さんや翠さんと笑い合う姿もまた見かけるようになった。
それでも、ときどき教室でネックレスやチョーカーに指先を触れる仕草を見るたび、
胸がざわつく。
(あの仕草……チョーカーの頃から変わらない)
もともと彩がしていたチョーカーに、そっと触れる。
そして気づくと、いつの間にかそのチョーカーを自分の首にかけていた。
冷たい金属の感触と、彩の温もりの記憶が重なり、胸がじんわりと熱くなる。
無意識の行動だったはずなのに、なぜか自然に「彩とつながっている」気がした。
(クラスメイトとして見ていたころとは、もう違う何かが芽生えている……)
静かに息を吐くと、窓ガラスが白く曇った。
彩の変化はうれしいはずなのに、胸の中のざわつきは消えない。
私はまだ、この気持ちに名前をつけてしまう勇気はない。
ノートに視線を戻し、ペンを取り上げる。
けれど文字は書けないまま、手はまた止まった。
頭の中を占めるのは、授業や試験のことではなく、
放課後にふと見せた彩の横顔ばかりだ。
(わたしは、あの子をどうしたいのだろう)
窓の外、街灯の光を受けて雪がひときわ大きく舞った。
それを目で追いながら、私は無意識に、彩がもともとしていたチョーカーに触れていた。
ほんの少し、胸が温かくなる。
その感覚が怖くて、そっと手を離す。
(もう少しだけ、このままでいい)
そうつぶやき、ペンをおいた。
白い息が小さく消えていく音を聞きながら、私はまた窓の外を見つめた。
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