第15話--彩の胸の奥で--
翌週の月曜日、彩はいつもより少し早く教室に着いた。
外はまだ冷たい空気が残っていたが、教室の暖房はすでに入り始めていて、
窓の内側にうっすらと水滴がついていた。
先週末に凛の家を訪れたときのことが、まだ心の奥に温かい余韻を残していた。
リビングで向かい合い、正直な気持ちを話せたこと。
凛が黙って受け止めてくれたときの安堵。
それは、心のどこかで張り詰めていた糸が少し緩んだような感覚だった。
席に鞄を置いた彩は、ふと窓際に座る結と翠の姿に目を向けた。
二人はいつものように小声で何かを話しながら笑っていたが、
彩に気づくと笑みを残したまま視線をこちらに向けた。
「おはよう、彩」
結が軽く手を振る。
その自然な挨拶に、彩は少し安心したように笑顔を返した。
「おはよう」
その声は、先週までよりも少し柔らかく響いた。
冬の朝の光が窓から差し込み、彩の首元のネックレスがわずかにきらめいた。
その瞬間、翠が目ざとく気づき、小さく目を丸くした。
「ねえ彩、まだネックレスつけてるんだね、相当気に入ってるみたい」
翠の声に結も目を向ける。
彩は少し驚いたようにネックレスをそっと押さえた。
「うん……冬に入ってからこの輝きとか気に入っちゃってね」
それ以上は言わなかったが、その表情には先週末の出来事を思い出すような淡い温かさがにじんでいた。
二人はそれ以上詮索せず、ただ微笑んで頷いた。
けれど彩の心は、凛と交わした会話が小さな勇気になっているのを感じていた。
――ちゃんと向き合えば、きっと大丈夫。
その思いは、教室の暖かさと冬の日差しの中で、少しずつ確かなものになっていった。
昼休み、結が弁当の包みを開きながら彩に言った。
「最近、元に戻ってきた気がする。なんか彩らしい感じ」
彩は少し頬を赤らめて笑った。
「そうかな……ちょっと色々考えすぎてたかもしれない」
翠が軽く肩をつつき、からかうように言った。
「またぼーっとしないようにね。授業中もたまに上の空だったよ」
その言葉に、彩は照れたように笑いながらうなずいた。
凛の家で、自分の心を言葉にしたあの日の夜が、
今の彩の背中を少しだけ押してくれているような気がした。
放課後、冬の夕暮れが早く教室を淡い色に染め始めるころ、
彩はふと窓の外に視線を向けた。
校庭の先に見える校舎の屋上を思い出すと、そこに立つ凛の後ろ姿が心に浮かんだ。
胸の奥が、静かに温かくなる。
彩は小さく息をつき、心の中で呟いた。
――ちゃんと、自分らしく向き合っていこう。
そのとき、ドアの向こうから凛の姿がちらりと見えた。
目が合うと凛はいつもの無表情のままだったが、ほんの一瞬だけ、私のネックレスに視線を落としたように見えた。
彩は何も言わず、そっとその石に指を触れた。
スフェーンの小さな結晶が、冬の夕暮れの光を受けて淡く輝いていた。
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