第14話--冬のリビングで交わす言葉--
リビングは外の寒さが嘘のように暖かかった。
カップからまだ、立ちのぼるレモンティーの湯気が、ふわりと彩の頬を撫でていく。
向かい合って座る凛の家に、こうして腰を落ち着けるのは初めてのことだった。
彩は両手でカップを包みながら、胸の鼓動がまだ少し早いのを感じていた。
初めて凛の家に訪れたときの緊張は和らいだものの、凛の家の空気は学校とは違い、
どこか特別な静けさがあった。
「今日はね、さっき聞いた話をちゃんと聞きたいことがあって」
先に口を開いたのは凛だった。
声はいつもより低く、真剣で、からかいのような色はない。
彩は小さく瞬きをして頷く。
「……なに?」
凛は彩の目をまっすぐに見て、少しだけ間を置いたあとで言った。
「首元を、よく触るよね。ネックレスのこと?」
彩は驚いたようにネックレスを指先でなぞり、正直に答えた。
「うん、そうだね」
凛はわずかに息を吐くと、目を細めた。
「やっぱり。チョーカーのときもよく触ってたから、そうだろうなって思ってた」
「……そうだね」
彩は少し恥ずかしそうに笑ってから、言葉を探すように視線を落とした。
凛が首を傾げる。
「どうして、そんなに気になるの?」
その問いに、彩は一度カップを置いて、ネックレスに指を添えながら答えた。
「なんかね、こういうのって初めてだから違和感もあるんだけど……
凛が私にくれたものだって思うと、安心するっていうか。温かいものを感じるからかな」
その答えを聞いた凛は、一瞬だけ目を柔らかくした。
けれどすぐにまた無表情に戻り、黙って頷いた。
その短い間だけ、彩は凛の冷たい仮面の奥にある微かな温度を感じ取った。
やがて凛が、もうひとつ別の問いを投げかける。
「それと……最近、結さんたちと少し距離があるように見えた。何かあった?」
彩は少し困った顔をして首をかしげ、正直に口を開いた。
「喧嘩したわけじゃないんだけど、最近ぼーっとしちゃうことが多くて……
付き合いが悪くなったのかなって。
それで結や翠とちょっと距離ができちゃった気がするの」
凛はじっと彩を見つめたまま、ふっと目を伏せて小さく頷いた。
詮索も責める様子もなく、その表情には“聞いた”というだけの静かな受け止めがあった。
彩はふと視線を落とし、指先でネックレスの虹色の結晶をなぞる。
リビングの灯りを受けて光るスフェーンの輝きは、見る角度によって淡い緑や金色へと
変わり、そのたびに小さな光の粒が壁に跳ね返る。
その光景は、不思議と心を落ち着かせた。
「変わった色の石だよね」
彩が小さくつぶやくと、凛はほんの少しだけ笑みを浮かべた。
「彩に似合うと思ったんだ」
その一言に、彩は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
外の冬の夜はすでに深く、窓の向こうで街灯がぼんやりと白い光を投げかけている。
その寒々しい景色とは対照的に、室内の空気は柔らかく、時間がゆっくりと流れていた。
彩は小さく息をつきながら思った。
――この夜の静けさと温かさを、いつまでも覚えていたい。
凛は紅茶を飲み干し、テーブルにカップを戻した。
その動作のあと、少しだけ彩の方を見て、穏やかな声で言った。
「……ちゃんと話してくれてありがとう」
その一言は、彩の胸の奥に深く響いた。
特別な言葉ではないけれど、凛が私を受け入れてくれたような気がして、
頬がわずかに赤くなる。
互いにそれ以上言葉を交わすことはなかったが、
その沈黙は決して気まずいものではなかった。
窓の外の冬の景色と、部屋の温かな灯りが二人を包み込み、
心の距離がほんの少しだけ近づいたことを、彩は確かに感じていた。
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