第3話ーー週に一度だけのお願いーー

誰もいない放課後の教室は、まだわずかに日が残る時間帯だった。

彩は机の上に手を置き、窓の外を眺めながら、自分の胸のざわつきに気づいていた。

首に触れる黒いチョーカーが微かに冷たく、そして確かに自分の存在を強く意識させる。


「……彩」

凛の声が、静かに私の背中に届いた。

振り向くと、凛は教室の隅で、冷たい視線をこちらに向けていた。

いつものように笑顔はなく、ただ目だけで私を見ている。


「ねえ、お願いがあるの」

凛の声は低く、でもどこか真剣さを帯びていた。

「お願い?」

私は首をかしげる。何を言われるのか、少し怖くもあり、期待もしていた。


「週に一度だけ、放課後に私と一緒にいてほしい」

凛は静かに言った。

その言葉は軽くない。重くて、胸にずしりと響く。

「……え?」

思わず口が開く。

「対価はない。ただ、一週間に一度だけ、好きなお願いをしてもいい。ルールはそれだけ」


彩は混乱する。

チョーカーをつけて以来、凛と過ごす時間は確かに変化していた。

その存在感が、自分の心を揺さぶるのは理解している。

でも、放課後に一緒にいることを「お願い」として求められるとは、

想像もしていなかった。


「……どうして私?」

問いかけると、凛は少しだけ目を細め、そしてそっけなく答える。

「……理由はない。来てくれるならそれでいい」


その冷たさに、胸がぎゅっと締め付けられる。

でも、心のどこかで、来てほしいと思ってしまう自分がいる。

「……わかった」

小さな声で返事をすると、凛はゆっくりと頷き、視線を外した。


約束の日、彩は屋上へ向かう。

階段を上がるたびに緊張が走る。

屋上に到着すると、凛はすでにフェンス側に立ち、風に揺れる髪を押さえていた。


「……来た」

凛の声は短く、でも確かに私を認識している。

私はそっと足を止め、深呼吸をして近づく。


「ルールは忘れてない?」

「うん……一週間に一度だけ、好きなお願いをしていいんだよね」

彩が答えると、凛は少しだけ目を細め、何も言わずにフェンスに寄りかかる。

風に吹かれてチョーカーが光を反射する。

その光のせいか、胸の奥がざわざわして落ち着かない。


「じゃあ、今日は……散歩に付き合って」

凛の口から、初めてお願いらしい言葉が出た。

彩は少し戸惑いながらも頷き、二人で屋上を歩く。

風の音、夕陽に映る影、足音。

すべてがいつもより近く、重く、彩の心を揺さぶる。


チョーカーの感触は、手で触れても変わらず冷たい。

でも、この冷たさが凛との時間の重みを増幅させているようで、離せなくなる。

「……凛、なんでこんなことするの?」

問いかけると、凛は少し目を細めて黙る。

返事はない。でも、静かな沈黙の中で、凛の存在が彩に強く迫る。


日が沈むにつれ、二人は屋上の端に立ち、沈む夕陽を見つめる。

言葉は少ない。

でも、その沈黙が何よりも深く、二人の間をつなぐ。

彩は小さく息をつき、首飾りに触れる。

このチョーカーが、放課後の一瞬一瞬を特別にしている――そんな確信が胸に芽生える。


帰り際、凛は短く呟いた。

「……来週も、お願いするかもしれない」

彩は一瞬立ち止まり、心臓が跳ねるのを感じた。

「……うん」

答える声は自然と震えていた。


放課後の秘密は、また一歩、少しずつ動き出す。

一週間に一度の約束が、日常のすべてを少しずつ変えていく――。

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