第2話「首飾りの初日」

放課後の教室は、いつもより静かだった。

窓から差し込む光はやわらかく、夕陽が長い影を机の上に落としている。

私は首に触れたチョーカーの感触を、つい何度も確かめてしまう。

たった一週間だけ、つける約束のはずなのに、この小さな金属の重みは想像以上だ。


「……彩、どうしてそんな顔してるの?」

隣の席の友達が顔を覗き込む。

「あ、いや……なんでもない」

ぎこちなく答えると、首飾りを手で隠す。

視線を感じながらも、胸の奥のざわつきは収まらない。


放課後、私はそっと屋上へ向かった。

凛が先に来ているかもしれない――そんな思いが胸を締め付ける。

階段を上がる足取りは自然と早くなり、屋上のドアを開けた瞬間、風が顔に当たった。


屋上には、凛の姿はまだなかった。

フェンスの近くに立ち、遠くを見つめる夕陽のシルエットだけが揺れる。

「……遅かった?」

私は声をかけたが、返事はない。

ただ、風に揺れる髪の影が揺れるだけだった。


少しして、凛が現れる。

「……つけてるの、見せて」

その声は淡々としているが、微かに響いた。

私は首元を押さえながら頷き、指先で触れるチョーカーを見せる。


凛は目だけで確認して、すぐに視線を遠くに戻す。

「違和感はない?」

「……うん、別に」

ぎこちない返事に、凛は肩を少しすくめる。

その冷たい仕草に、私は胸の奥がぎゅっとなる。


しばらく無言が続く。

風が屋上を吹き抜け、髪や制服を揺らす。

私も凛も、ただ互いを意識しながら、距離を保ったまま立っている。

微かな沈黙の中、心臓の音だけが大きく聞こえる。


「……彩、少し近くに来て」

凛の言葉に驚き、私は足を踏み出す。

その距離はほんの数十センチしかないのに、胸の高鳴りは抑えられない。


「……髪が風で顔にかかってる」

私が手を伸ばすと、凛は目だけで私を見て、指で髪を押さえる。

その冷たい感触と、かすかに残る温度に、体が反応する。

凛は短く息をつき、また視線を遠くに戻す。


「……もう、帰る時間だね」

私はぼそりと呟く。

「そう」

凛は短く答え、フェンスに寄りかかる。

言葉少なだが、その静かな背中が妙に落ち着く気もする。


屋上での時間が終わると、私たちはそれぞれ階段を下りる。

降りる途中、私はふと手元の首飾りに触れる。

外すこともできるのに、なぜか触れずにはいられない。

その小さな金属の重みが、心にずっしりと残る。


翌日、教室で再び凛と顔を合わせる。

「彩、昨日の屋上はどうだった?」

その一言に、私は一瞬言葉を失う。

「……普通、かな」

答えたものの、胸の奥のざわつきは消えない。

凛はそれ以上何も言わず、席に着きただ黒板の方を見つめている。


放課後、再び屋上に上がると、凛は既にフェンス側に立っていた。

夕陽が影を伸ばし、二人の距離を赤く染める。

「……今日も、来た」

短く呟くと、凛は目だけで私を確認し、視線をすぐに逸らす。

冷たく、でも確かに私の存在を認めているような気配に、胸がざわつく。


風が強く吹き、本が少し揺れる。

凛は無言でそれを押さえ、私の方に視線を向ける。

「……これ、返してほしいものはある?」

「……ない」

ぎこちない会話が交わされ、屋上は静かに時間を刻む。


日が沈み、屋上の影が長くなる。

「明日も来る?」

凛は短く答え、そして微かに肩をすくめる。

言葉少なめだが、昨日よりも確かに距離が近づいた気がした。


私はそっと首飾りに触れる。

外せばただの装飾。

でもつけることで、何か大きなものが動き始める

――そんな予感が、胸にずっしりと残った。


放課後の秘密は、まだ始まったばかりだ。

首飾りの重みが、日常のすべてを少しずつ変えていく――。

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