第1話「二人の出会い」

――ここは、生徒立ち入り禁止の屋上。

それでも、好奇心に勝てなくて、私はそっとドアを押した。


風が吹き抜ける屋上で、一人の女の子が本を読んでいる。


「……え、誰?」

思わず声が出た。


顔を上げたのは、綾瀬 凛。

クラスではあまり話したことのない子だ。

友達の前ではよく笑うのに、私の前では冷たく、ただのクラスメイトのように見える。


「……あなた、どうしてここに?」

凛は落ち着いた声で言った。


「鍵が開いてたから……」

私はごまかすように答える。


「好奇心……ね」

凛は本を閉じて、わずかに眉を寄せる。

「じゃあ、秘密を一つ共有することになる」


胸がざわついた。秘密――ただそれだけなのに、特別な響きに思えた。


翌日も、私は放課後に屋上へ足を運んだ。

凛はいつも通り本を読んでいる。

私に気付くと、ほんの一瞬だけ目を上げ、すぐにページに戻った。


「……また来たの?」

「え、うん……昨日面白そうだったから」

ぎこちなく答えると、凛は目だけで私を追った。


「退屈なの?」

「……いや、別に」

私の答えに、凛は微かに肩をすくめる。

「そう」

その一言で、空気がぎゅっと引き締まった。


三度目の放課後。

風が強く、本がページごとめくれた。

「あっ!」

思わず手を伸ばすと、凛も同時に手を伸ばしてきて、指が少し触れた。

胸がぎゅっと締め付けられる。


「……ありがとう」

私が小さく呟くと、凛はほんのわずかに微笑む。

その笑顔は一瞬で消え、すぐに本に戻ってしまう。

でも、確かに温度があった。


次の日、屋上に上がると、凛は手に何も持たず、フェンスに寄りかかっていた。

「……今日はどうしたの?」

「別に。あなたは?」

「昨日と同じ、ただ来てみただけ」

短い会話。言葉少なだが、なんだか落ち着く。


その日も風が強く、凛の髪が顔にかかる。

「髪……」

私が手を伸ばすと、凛は目だけで私を見て、静かに手で髪を押さえる。

その仕草が妙に気になり、心臓が早鐘のように打つ。


数回の放課後が過ぎ、屋上で過ごす時間は、少しずつ日常の一部になった。

でも凛は常に冷たく、距離を測るように私を見つめる。

友達の前では笑うけれど、私の前では感情を簡単には見せない。

その緊張感に、私は惹かれ、戸惑った。


そしてある日――誰もいない放課後の教室。

夕陽が赤く教室を染める中、凛は静かに言った。


「彩、この首飾り……一週間だけ、つけてみない?」


黒いチョーカーが差し出される。

飾り気はないのに、どこか息苦しさを覚える光沢。


「どうして私に?」

声は震えていた。


凛は淡々と答える。

「秘密を共有したいだけ。友情でも恋でもない、もっと特別な関係」


その冷たい声は、確かに私だけに向けられていた。

指先が首に触れ、カチリと留め金が閉じる音が、心臓の鼓動より大きく響く。


――外せば裏切り。つければ依存。


その時、まだ知らなかった。

屋上で始まった一週間の秘密が、卒業の日に凛を「同棲するか」「二度と会わない決別か」の選択に追い込むことになるとは。


放課後の秘密は、一週間では終わらなかった――。

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