第4話 ベッドの誘いと無防備なシャワー
狭いワンルームに、美少女が二人。俺の日常からあまりにもかけ離れたその現実に、脳の処理が追いつかない。コンビニの袋から取り出した缶チューハイとスナック菓子を、小さなローテーブルに並べる。カシュ、という小気味よい音が三つ、立て続けに鳴り、気まずい沈黙を破った。
「とりあえず、乾杯、ですかね……?」
おずおずと口火を切ったのは詩織だった。彼女はまだ緊張が解けないのか、少し俯き加減で、その白い頬はほんのりと赤みを帯びている。山岸から逃れてきた安堵と、俺の部屋にいるという気まずさが、彼女の中でせめぎ合っているのだろう。
「そうだね! 助けてくれてありがとうございました、陽介センパイ!」
瑠璃が努めて明るい声を張り上げ、俺たちの缶に自分の缶をこつんとぶつけた。その無邪気な振る舞いに、張り詰めていた空気が少しだけ和らぐ。俺たちは、ぎこちなく缶を口へと運んだ。甘い果実の香りと、微かなアルコールが喉を通り過ぎていく。
飲み会での出来事、山岸の執拗さ、そして、どうしようもなくなって俺に連絡した経緯。瑠璃が中心となって、途切れ途切れに会話が続く。詩織は相槌を打ちながら、時折、申し訳なさそうな目で俺を見た。俺は、その視線を受けるたびに、心臓が奇妙な音を立てるのを感じていた。彼女を守れたという事実が、俺の自己肯定感を静かに満たしていく。
三十分ほど経った頃だろうか。緊張の糸が切れたのか、あるいはアルコールが回ってきたのか、二人の口数は次第に少なくなっていった。瑠璃はテーブルに頬杖をつき、とろんとした目で虚空を見つめている。詩織も、先ほどまでの張り詰めた表情が嘘のように、穏やかな顔でこくりこくりと舟を漕ぎ始めていた。長いまつ毛が頬に影を落とし、その無防備な寝顔は、俺の庇護欲を強く刺激した。
普段なら縁のないはずの美少女二人が、俺の部屋で、俺の前で、安心しきったように眠りに落ちかけている。この状況は、俺の内なる「雄」を静かに、しかし確実に覚醒させていた。彼女たちを、このままここで休ませてやりたい。心地よい眠りを提供してやりたい。それは、下心とは違う、もっと純粋で、そして独占欲に近い感情だった。
「……疲れただろ。もう、ベッドで寝なよ。俺は床で寝るから」
俺は、できるだけ優しい声でそう提案した。俺の言葉に、詩織がはっとしたように顔を上げる。その瞳は眠気で潤み、焦点が定まっていない。
「え、でも、そんな……柊くんのベッドなのに……」
「いいって。女の子を床で寝かせるわけにはいかないだろ」
俺がそう言うと、詩織は困ったように眉を寄せ、それから、ふにゃりとした笑みを浮かべた。その笑顔に、俺の心臓は大きく跳ねた。その時だった。今までうとうとしていた瑠璃が、寝ぼけた声で、とんでもないことを言い放ったのは。
「んぅ……じゃあ、三人で、寝ましょうよぉ……」
その言葉は、爆弾のように、俺たちの間に生まれた穏やかな空気を粉々に打ち砕いた。詩織の顔が、一瞬で耳まで真っ赤に染まるのが分かった。俺もまた、全身の血が沸騰するかのような熱を感じていた。三人で、この狭いベッドで? 瑠璃の豊かな胸と、詩織のしなやかな肢体が、すぐ隣にある状況を想像してしまう。理性と好奇心が、脳内で激しくせめぎ合う。喉がカラカラに乾き、生唾を飲み込む音だけが、やけに大きく響いた。
詩織は、恥ずかしさのあまり言葉も出ないようで、ただ俯いて自分の指先を見つめている。その純粋な恥じらいの表情が、俺の胸をさらに締め付けた。彼女を、こんな気まずい状況に追い込んではいけない。俺が何か言わなければ。そう思った、まさにその瞬間だった。
「あー……。なんか、汗かいちゃったな……。陽介センパイ、シャワー、借りていいですか?」
瑠璃は、先ほどの寝ぼけた様子が嘘のように、ぱっちりと目を開けると、悪戯っぽく笑いながらそう言った。そして、俺の返事を待つこともなく、すっくと立ち上がる。
「じゃ、お先に失礼しまーす」
彼女はそう言うと、何のてらいもなく、部屋の奥にあるユニットバスの扉へと向かっていく。その自由奔放な振る舞いに、俺と詩織はただ呆然と、彼女の後ろ姿を見送ることしかできなかった。やがて、カチャリ、と内側から鍵がかかる音が響く。狭いワンルームに、俺と詩織、二人きりの、濃密な沈黙が訪れた。
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