幼稚園生編

第4話 幼稚園の奇跡〜ピアノの時間

 幼稚園に上がったばかりの光は、二十人のクラスでただ一人の男の子だった。

 女の子たちは「珍しい男の子」として興味津々で、休み時間には入れ代わり立ち代わり声をかけていた。

 けれど本人はどこか淡々としていて、すぐに女の子たちの方が「もっと遊びたい!」と必死になる。


 そんなある日のことだった。


 ⸻


 ♦︎先生視点


 その日の音楽の時間、予定していた伴奏の先生が急に体調を崩してしまった。

「どうしよう、今日は歌の練習ができないかもしれないね」

 私は困り果て、教室を見回した。


 すると、すっと小さな手が挙がった。


「僕、弾きます」


 五歳の男の子がそんなことを言うなんて、誰も本気にしていなかった。

「……ほんとにできるの?」

 半信半疑のままピアノに座らせてみる。


 鍵盤に小さな指が置かれた瞬間、教室が静まり返った。


 流れ始めたのは、童謡の伴奏。

 澄んだ音色が、驚くほど自然に、滑らかに広がっていく。


「え……すごい」

「光くん、ほんとに弾けるんだ!」


 驚きの声があがると、子どもたちの好奇心は止まらなくなった。


 ⸻


 ♦︎園児たちの反応


「じゃあこれ弾いて!」

「わたしの好きな歌も!」


 次々と飛んでくるリクエスト。

 テレビのCMソング、アニメの主題歌、昨日歌った童謡。

 光は耳にしたそばから、すぐに鍵盤に乗せてしまう。

 知らない曲ですら、誰かが口ずさめば、その場で再現してしまった。


 歌い出す子、手を叩いてリズムを取る子、ただじっと聴き入る子。

 気づけば教室は、まるでコンサートホールのようになっていた。


 最初は「男の子と遊びたい」から集まってきた女の子たちも、いつの間にかそんなことは忘れていた。

 今はただ――ピアノの音が楽しくて、みんなで夢中になっている。


 ⸻


 ♦︎雪視点


 雪もその輪の中にいた。

 小さな体で鍵盤に向かう光の姿を、胸の奥が熱くなる思いで見つめていた。


(……すごい)


 女の子に囲まれて弾き続けるその音が、真っ直ぐに自分の耳に届いてくる。

「珍しい男の子」だったはずの彼は、この瞬間からもう違っていた。

 光は、みんなを惹きつける存在になってしまったのだ。


 ⸻


 ♦︎先生視点


 私は呆然と立ち尽くしていた。

 歌の時間が、いつの間にかリクエスト大会に変わり、教室全体が音楽に包まれている。

 けれど、子どもたちの顔は誰もが楽しげで、心から輝いていた。


 ――この子は本物だ。


 強い確信が胸に芽生えた瞬間だった。

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