お引越し
「引っ越しの荷物。本当に何もいらないの?」
「別に大事なものもなかったですし、ベッドはあるんでしょう?」
「えぇ、そうね。一応新品のがあるわ」
「なら十分ですよ。雨風をしのげる屋根と壁。それと気持ちよく寝られるベッドさえあれば十分ですよ」
ベッド。本当にベッドは良い。
異世界でベッドのありがたみを知った。異世界でずっと野宿していたのだ。ベッドがあるだけで贅沢な環境だ。
「それならいいけど……着いたわ」
「おー、そこそこ広めのマンション。というか普通のマンションだな」
早見さんに連れられてやって来た公安魔法少女第三課の社宅。
そこはごく普通のマンションだった。オートロックの結構よさげなマンションだった。
「まぁ、本当にただ貸し出されているマンションを借りているだけだからね。本当に普通ですよ。ここの最上階だね」
「最上階か」
お父さんがタワマンの最上階住んでいたけど、いちいち会いに行くのになっがいエレベーターに乗らなきゃいけなくて普通に面倒なんだよな。
一階……もちょっとあれだから、三階くらいがいい。
「ここの最上階でちょっとどや顔は出来ないね……お父さんもお父さんでしょうし」
「まぁ、お父さんもお父さんですね」
海外にだって当たり前のようにたくさん別荘を持っているのが僕の父だ。
お金持ち自慢を僕にするのは中々難易度が高いと思う。ごくたまにそういう高いものにも触れさせられたからね。
「この部屋よ。さっ、入って」
「お邪魔します」
「これからただいま、になるんだけどね?」
早見さんと共に僕は新しくこれから住むことになるマンションの部屋の中に入っていく。
「……ちなみに」
「うん?」
靴を脱ぎ、廊下へと上がろうとしたタイミングで僕の方にちょっとだけ震える声で話しかけてきた早見さんに僕は首をかしげる。
「い、家の中……ちょっとだけ散らかっているけど、あまり気にしないでね?」
「別にそれくらいなら全然いいですよ」
僕の実家の方が大変なことになっているからね。
あれより酷いことはない。
「……ほんと、ごめん」
「全然!それくらいいいですよ!」
申し訳なさそうにしている早見さんに言葉を返しながら僕は廊下を進み、リビングに入るドアを開ける。
「わぁ……」
そして、入った同時に僕は思わず何とも言えない感情を口に出してしまう。
思ったよりも酷い状況だった。
辺りには開けられた段ボールが散乱し、ペットボトルや缶などのゴミが至るところに放置されている。
閉じられたゴミ袋が幾つも部屋の隅に置かれ、謎に使いかけの運動器具などがリビングのど真ん中で放置されている。
「……その、汚くて、ごめんなさい」
「い、いやいや……」
思ったよりも汚かった。
でも、僕の実家よりは幾分もマシだ。僕の実家の方がはるかに汚い。うん、これくらいなら良いよ。テレビも壊れていないし。
「全然!これくらいならまだいいよ。でも、まずは掃除からかな」
「こ、これでも蓮夜くんが土御門さんと夕食を食べに行っている二時間の間に頑張って掃除したんだけど……!」
「え、えぇ……?それじゃあ、元ってぇ」
「……ごめんさい。そ、掃除頑張りましょう!」
「うん。そうだ……ん?待って?」
早見さんの言葉に頷き、掃除へと取りかかろうとしたところで僕は足を止め、首をかしげる。
「ど、どうしたの?な、何か変なものでもあったかな?」
「いや、僕ってここで生活するの?」
「え、えぇ、そうよ……汚くてごめんなさい」
「……その、ここに早見さんも住んでいるの?」
「えぇ、そうよ……あの、これからは部屋も綺麗に使うから、許してほしいなぁー、ってお姉さんは思ってみたり?」
「……はえ?」
高校中退中卒十七歳現在彼女無し。
急に大人な女性との同棲が決定した。
「えぇぇえええええええええええええええええ!?」
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