《《24 鳴神》》

 雨が降っていた。時折雷鳴が轟く。昼間なのに薄暗く窓外の景色も霞んでいる。

一心は静を連れて頼御寺宅前で丘頭警部と待ち合せしていた。

約束より早く姿を見せた警部は市森刑事を従えている。

「 市森、日曜日は休みじゃないのか? 」と一心がからかう。

「 いえ、重要事件の捜査です。休みだなんて言ってられません 」

市森は笑顔で胸を張る。


 ぞろぞろ四人でお邪魔する。

リビングのソファは六人掛け、案内されるが全員は座れない。市森が警部の後ろに立って席を譲る。

「 すみません狭い家ですので…… 」母親が頭を下げる。


 多少の無駄話の後、警部が、

「 実は、夕べ愛美さんが帰宅する少し前、近所で傷害事件があって、探偵さんの甥御さんが怪我したんですよ。愛美さんが近くにいたと思われるので話を訊かせて欲しいんです 」

愛美は少し顔を強張らせて、

「 浅草駅から歩いてたら誰かに尾けられてる気がして急いでたら、後ろの方で男の人の悲鳴みたいな声がして、怖くなって走って帰りました 」

「 その時なんだけど、私らも悲鳴を聞きつけて倒れている甥御さんを救助してからこちらへ来たんですが、まだ愛美さん帰ってなかったわよね 」

警部の質問に愛美は言葉を詰まらせる。

「 愛美が傷害事件と関わってるって言うんですか? 」

母親が見かねて口を出す。

「 ママ、良いの。刑事さん、私かもしれないんですよね 」

「 そんなこと有り得ないでしょう。愛美、バカな事言うんじゃ無いわよ! あなたも何か言ってやってよ。娘が疑われて平気なの? 」

「 母さん、落ち着きなさい。刑事さん、もう少し詳しく話して貰えませんか? 」

父親は落ち着いている。さすがと言いたいところだが、指先などの細かい仕草を見ていると苛立ちがわかる。

「 実は、愛美さんを尾行してたのはこの探偵一家の岡引一助くんなのよ 」

「 どうして娘を尾行だなんて? 」

「 愛美さん、もしかして自分でも気付いてるんじゃないか? 」

一心が愛美の顔を覗き込むようにして言う。

「 やだ、娘がどうしたって言うんです。そんな因縁付けるみたいな事言わないで下さい。バカにしてるんですか、帰って下さい。もう、お話しすることはありませんから。愛美も、もう二階へ行って良いわよ 」

母親はすっかり興奮して娘を守ることしか考えられなくなっているように見える。

「 ママ、もう止めて。私、全部話して楽になりたいの…… 」

愛美が涙交じりに声を荒げる。

「 愛美、何言ってんの? 事件に関係あるとでも言うの? 嫌よ私、そんな…… 」

「 愛美、何か言ってない事とか、言いたい事とか、あったら全部言いなさい。お母さんもお父さんもどんなことを聞かされても受け入れるから、心配しないで、な 」

父親の声が少し上ずっている。

「 うん、凛が死んだあと、仲見世の占い師さんに見て貰ったら、私を強い守護霊が守ってくれているって。だから私に乱暴しようとした人を守護霊が誰かに憑りついて殺しちゃったのかなって思ってた。けど、淳くんは恋人だったのにどうして? わからないままなの 」

「 それなら俺が教えてあげよう。彼の仲間は悪ばっかり。お父さん知ってますよね、調べてたんだから 」

一心が父親に目をやり話すよう促す。

「 ああ、確かに彼は、愛美、お前と付き合えるかを賭けてたんだよ。あいつは良い奴なんかじゃない。お前は騙されてたんだ。パパが言ったらお前がムキになるんじゃないかと、それで黙って見守ってたんだ 」

「 そんな……そんな、有る訳無い、淳が……うわーっ…… 」

愛美が母親の膝に突っ伏して泣き出してしまった。ショックだったのだろう。

「 こないな純な可愛い娘ぉを遊びの道具にするやなんて許せへんな。守護霊が守ろ思ぉのは当然や 」

静は知ってたはずなのに初めて聞いたみたいに怒り出した。

泣いていた愛美が顔を上げて、

「 そしたら守護霊が……でものりうつる乗り移る相手いない……私に乗り移った? 」

「 それは可笑しいでしょう。たまたま歩いてた人によ。そうに決まってるわ 」

母親がすかさず言う。

「 そうしたら凛は? 凛も何か私に隠してたの? 」

「 ああ、凛さんの夢は知ってたかい? 」一心が答える。

「 えぇ、アフリカの子供達を救いたいって夢でしょ 」

「 そうだね。その為に彼女は、ガールズバーから始まって幾つかバイトを点々としてたんだよ 」

「 バイトは知ってたけど、夜のバイトだったんだ。だから細かく言ってくれなかったんだ…… 」

「 ところが悪い奴がいて、彼女は闇バイトに取込まれちゃって、それで、君をだましてこの家の現金とか貴金属のありかを聞き出そうとしてたんだよ 」

と一心が説明する。

「 聞かれたこと無いけど、聞き出してどうするんですか? 」

「 闇バイトを使って強盗を働く積りさ 」

「 えー、凛が、……でも、私、凛を信じます。私に言えないから悩んでたんだと思うんです。きっと私に全部話して助けを求めてくると信じます 」

「 そうかもしれない。友達だからね。でもね、守護霊はそう思わなかった、としたらどうだろう? 」

「 それで誰かに憑依して…… 」

愛美は考えもしなかった話を聞かされて打ちひしがれたように項垂れる。


「 そうしたら、ニセコも私の守護霊なんでしょうか? 」

弱々しい声で愛美が言う。

「 そこは難しいわね。愛美さんを守るのが守護霊だとすると、襲われたのは友達だからね 」

と警部。

「 俺はね、ニセコから状況が変ったんだと思うのさ。つまり、愛美さんの意思が守護霊に働きかける様になった、と考えると納得できないか? 」

一心が言いたかったのはこのことだ。

「 つまり、何? 愛美さんが守護霊を操る? ってことかしら 」

警部は半信半疑な表情を浮かべながら言う。

「 どうだ、愛美さん、ニセコの時友達を助けたいと強く思ったよね。そして襲われてる友達を見た瞬間、意識が飛んだか、男に強く殺意を抱いたとか? 何かそう言った感情があったんじゃないか? 」

「 ちょっと違うかもしれないけど、さっき言った占い師に修行しなさいって言われて、部屋で座禅とかストレッチとかきつい所作に耐えると精神が強くなって霊には操られなくなるって言われて実行してました。でも気持ちの変化とかは無いと思うんですけど 」

愛美の話を嘘だとは思えない。一心は本当に守護霊なるものがいるんじゃないかという気持ちが自分の中に芽生えてきたような気がした。

「 それがさっき言った変化に現れたのかもな 」

と一心は思ったままを口にした。

「 私が男の人を殺せと命じたことになるんですか? 」愛美が警部に目を走らせる。

その悲愴な表情が誰もの口を閉ざし、静寂が訪れる。

……

 一心は微かに玄関ドアの開く音が聞こえたような気がした。

―― 雨風が強いからそのせいか? ……

リビングの窓を叩く雨音も絶え間ない。時折遠くで雷鳴も。


「 じゃ、野士穣の時、あなたが家の前の自販機で何かを買ってる最中、物音で誰かが塀を乗り越えようとしてると気付いたのよね 」

警部が愛美の質問には答えずに言う。

「 はい、その通りです。私驚いて何か叫んだら、こっちへが来るんで怖くてペットボトルを落としちゃったまでは覚えてるんですが、記憶が飛んで、…… 」

「 目撃者はあなたが『記憶が飛んだ』と言ったその間、あなたがその男を追って行き、見失ってあなたを探してたら、野獣と出会った。けど、野獣は目撃者には何もせずに立ち去った、と言ってるのよ 」

警部が言うと、市森刑事が、

「 つまりね、君の守護霊が誰かに憑依したんじゃ無くって、君自信が野獣になったとしか考えられないだろう 」と決めつける。

「 何言うんです。そんな残酷なこと止めて! 」母親が娘を抱きしめて叫んだ。

「 市森! 言い過ぎだ。ごめんね、このおじさん少々アホだから許して 」

一心も慌ててフォロー。

「 刑事さん、証拠も無いのにうちの娘を犯人呼ばわりは行き過ぎじゃないか? 謝罪しなさい! 」

冷静な父親もさすがに怒る。

「 市森、お前軽過ぎよ! 」警部も叱る。

「 すみま…… 」市森が頭を下げかけた時、

「 良いんです。やっぱりそれが真実なんですね。私が犯人なんですね 」

愛美が市森の言葉を遮る。

「 違うのよ愛美! 」母親が一段と声を高くして叫んで、

「 みなさん、聞いて下さい。ご存じの通り私の祖先は《らいおん寺》の寺男で鬼と化し野武士を撃退した家系なんです。夫は養子で、頼御寺家は女系の家なんです。その鬼と化したときの力は、代々女子に受け継がれて…… 」


ガァン! 何の前触れもなくリビングのドアが激しく開いた。

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