《《25 跳ぶ》》

 鬼の形相の男。雄叫びをあげて真っすぐ愛美に向って突進。手にはナイフ。


「 誰だ! 」、「 何する気だ! 」、「 出て行け! 」


周囲の怒号を無視して愛美に迫る。

静が素早く動いて愛美に覆いかぶさる。

市森が男を押さえに突っ込む。

続いて警部、一心。

父親も立ちはだかる。

男はタックルを受けながらも父親を突き飛ばし、テーブルを踏み台に飛び上がって愛美の真上から、


「 お前が、凛を殺したんだ! 死ねーっ! 」


一心は静を庇おうとダイブする。


いきなり激しい咆哮が一心の耳をつんざき、母親が男を突き飛ばす。


激しい突きに男は壁まで弾き飛ばされ、リビングボードの上に並べられていた花瓶や絵皿などと一緒に床に落ちる。

男は呻いて立ち上がれないところを市森が手錠をかける。

一心や警部に父親までもが、母親の行動に唖然として見詰めていると、母親が顔を向ける。

「 えーっ! 」一心は警部と同時に驚きの声を上げる。


そこには顔を覆うように逆立った髪の奥に鋭い眼光を放つ野獣の顔があったのだ。


母親は、愛美の顔を両手で挟んで、「 ごめんね 」

一心にはそう聞こえた。

父親を一瞬見詰め、「 さよなら 」囁く声が一心の耳に悲しげに聞こえる。

次の瞬間、母親はリビングの窓ガラスに体当たりしてガラスを粉砕、外へ逃げる。

「 追って! 」警部が叫ぶ。

全員が追う。

愛美の彼氏も来ていて、愛美は彼氏の胸で泣いている。

警部はパトカーに緊急配備を指示。

程無く、無線が入って、

「 今、車道をスカイツリー方向へ走ってるらしいわ。車より速くて、そこらじゅうの人がスマホで撮影してるって。一心、静、乗って…… 」

……


「 母親だったのか? 」一心が呟く。

「 否定のしようがないでしょう。目の前で見たんだから 」と警部。

「 守護霊はお母さんだった、か? …… 」

一心には何か腑に落ちないところがあって繰返す。

「 何、一心、不満か? 」

警部の言葉に返す言葉が見当たら無かった。考えながら外に目をやる。

風雨に雷も激しさを増してゆき、高層ビル群の明かりも霞んでいる。

「 こないな結末になるやなんて、思ぉてもおらへんかったわ 」静がポツリと言った。

「 着きましたよ 」市森の声に我に返る。

 外は土砂降り。風もあって雨が横から打ち付けてくる。

一歩外へ出ただけでずぶ濡れだ。

それでも入口目指して走る。

「 階上へ行ったようです 」

玄関に立っている警官に告げられ、真っすぐエレベーターへ。


 ずぶ濡れのまま最上階の展望回廊へ出る。誰もいない。揺れを感ずる。

風の影響で午後から休館になったらしい。

ただ、エレベーターは関係者が全員降りるまでは動き続けているという。

回廊を進むと非常ドアがひしゃげている。

「 すごい破壊力だな 」一心が言うと警部も、

「 野獣だもんね 」有り得ないという風に頭を振る。

非常口の一歩外は土砂降り。

「 点検用梯子を上がって行ったようです 」と警官。

ライトが上へ向け照射されて、薄く影が蠢いている。

「 諦めなさーい。降りてきなさーい。愛美さんが待ってるわよー 」

警部の叫びも暴風雨に掻き消される。

一瞬空が昼間のように輝く。雷だ。激しい雷鳴が轟く。

「 おーい、雷に感電するぞー 」一心も叫ぶ。

市森もさすがに上がろうとはしない。

「 私が行きます 」そう言ったのは夫だ。

「 危険です。雷が聞こえないんですか? 」市森が静止する。

「 どんなことがあっても彼女は僕の妻です。なんとか助けたいんです! 」

そう言う夫が一心らの間をすり抜けて梯子に手を伸ばした時だった。

空が明るくなった。―― 雷光だ ……一心がそう思った瞬間、雷が激しい雷鳴を伴って鉄塔の先端に落ちた。

火花がバチバチッと四方八方に飛ぶ。

「 きゃーーっ! 」上方から女性の悲鳴。

「 美鈴ーっ! 」父親が妻の名を叫ぶ。

「 お母さーん! 」いつのまにか愛美と彼氏も来ていた。

母親の悲鳴が一心の目の前を通り過ぎ地表に向けて尾を引いて行き、暴風雨に掻き消される。

「 被疑者が鉄塔から落ちた。付近警戒! 」警部が無線機に叫ぶ。

「 ねぇ、お父さん、なんでお母さんなの? どうしてなの? 」

愛美が父親の胸を叩いて、揺すって、泣き、叫んだ。

抱きしめる父親。「 どうしてなんだろうな、父さんにもわからないよ 」

「 お母さん泣いてたよ。……こんななら、私が野獣の方が良かった…… 」

涙を流す父親の胸の中で愛美は幼子のように激しく泣き続ける。

……


一秒一秒時が刻まれてゆく、……が、地上から落下の報告が上がってこない。

「 おい、女性が落ちたろ。確認したか? 」警部が無線に怒鳴る。

「 いえ、落ちてきません 」予想外の答えが返ってきた。

「 バカ言うな。私の目の前を落ちて行ったのよ。確り見なさいよ。もう、ドジ臭いんだから 」

「 降りよう 」一心は静とその場の人々に手振りで促す。

「 展望デッキに落ちたんじゃないの? 」警部は無線に叫び続ける。

「 展望デッキ見当たりません 」また警部にとって不満回答が届けられる。

「 地上の建物の屋上は? 」と警部。しだいに声が小さくなってゆく。

しばらくあって、「 やはり、見つかりません 」と悲しい返事。

「 じゃ、ツリーの天辺から落ちた人間が何処へ行ったんだ! 誰か答えろ! 」

とうとう警部がヒステリックに……。

「 警部、捜索範囲を広げて、駐車場とかも確認したらどうだ 」

―― 上から落ちたものは絶対下にあるはず。そんな当たり前のことが何故そうならないのか? ……

一心にも、さっぱりだ。

……

二時間ほど周辺を含めて捜索したが、遺体は消えてしまった……。

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