《《23 おとり》》
寺守を帰して捜査課の応接室に移動した一心は犯人逮捕の妙案を丘頭警部に話すため、市森に無理を言って警部を連れてきてもらって、
「 罠を仕掛けるからその結果を見てから逮捕しな。俺の考えは、…… 」
……
話し終えると警部が、
「 ちょっと、それは危険だわ。考えとして良いかもしれないけど、でも探偵といっても民間人、そんな危険な真似させられないわよ。……待って、課長に許可取ってこっちで仕掛けるから 」
明るい感じで捜査課を出て行く。行先は課長室だろう。
お代わりのコーヒーを飲み干して程無く、警部は戻ってくるや否や、
「 あー、ダメェ……、『根拠もない一般市民の提案に、はい、そうですか、なんて軽々に乗れるか、それに罠って言ったって囮捜査だろう。そんな前例無いぞ! 違法じゃない根拠はあんのか? そんな無駄なことしないで、明日奴を逮捕して吐かせろ!』ですって 」
「 ふーん、じゃ、諦めんのか? 」
警部がにたりとして、
「 まさか、私が協力する。今日が猶予期限だものやるしかないでしょう! 」
「 俺も協力します 」
突然市森が応接室に顔を出して言った。
「 自分らも…… 」
市森の後ろに数人の刑事が口をそろえて言う、みな警部の部下だ。
「 ありがと、でもね、違法捜査かもしれないの、処分されるのは私だけで……。あんたらの気持ちだけは有難く受取っとく 」
「 俺ら、警部に反対されても、勝手に動きますから。一心さんよろしく 」
少しの間市森らを睨みつけてた警部だが、
「 まったく、しょうがない連中なんだから……あ、でもあんたたち盗み聞きしてたってこと 」
と呆れ顔。
「 え、いやー、警部の声でかくて部屋中に聞こえてたんですよ。なぁ 」
市森が振返って同意を求めると、揃って頷いている。みな笑顔だ。
「 警部、やられたな。みなで協力して犯人とっ捕まえようや 」
「 えぇ、明日になれば嫌でも寺守を逮捕しなくちゃいけなくなるから…… 」
警部も肯き、微笑んだ。
夜八時半、愛美の塾帰り、一助がそれなりの準備をして尾行開始。
電車でふた駅。浅草駅で降りる。
雷門通りを抜け南へ曲がって住宅街へ。
ここからはぐっと人通りも減る。
愛美は急ぎ足で、一助は二十メートル後ろを尾けている。
まだ家まで五百メートルほどある。
信号もなくコンビニも無い。
三日月は微かに見えているが星は見当たらない。街灯も間隔を置いていて辺りは仄暗さが気持ち悪さを増長している。
一心は一助が持ってるGPSの示す位置の百メートル後ろを歩いている。
GPS情報を起点に前後左右距離をとって警察も警戒しているはず。
ちらっと車のライトが横切る。
酔っ払いの声が聞こえる。
多くの家々の窓から照明の灯りがカーテンを通して漏れている。
時折木々のざわめきや何かの転がる音などが、怪しい雰囲気を醸し出す。
「 愛美の姿が消えた 」イヤホンから一助の緊張した声が飛び込んできた。
「 いち、気を付けろ。周囲に気を配れ! 」一心は足を速める。
「 うわーっ! 親父っ、でたーっ! 」一助の声だ。
「 全員、GPSへ急行だぁ! 」一心は叫ぶより早くダッシュ。
一助の悲鳴が近付く。
「 こらーっ! 何してるーっ! 一助―っ! …… 」
一心は走りながらとにかく大声で叫ぶ。
角を曲がって、二人の人物が目に入る。
ひとりが跨って上から転がされている人物を殴ろうと構えていた。
「 愛美さーん、ダメだぁ! もう、止めろーっ! 」
一心の声が届いたのか、動きが止まった。
サーチライトがその人物を前後から照らし出す。
一心らと丘頭警部らが挟み撃ち、その間を詰めて行く。一心は歩きながら救急車を呼ぶ。
「 もう、逃げられないわよ。大人しくしなさい! 」迫力ある声で警部が叫んだ。
間は十メートルを切る。
愛美と思われる人物はじっと立ったまま微動だにしない。
―― 覚悟したかな? …… 一心が思った時だった。
一瞬屈んだかと思ったその人物は二メートルを超える塀を飛び越えた。
「 そっちへ行ったぞ 」一心は愛美宅周辺を警戒している静と数馬に伝える。
戦うのが目的ではない、頼御寺宅を囲む塀を乗り越えることを確認するために動画を撮っているのだ。
「 うわっ 」数馬の悲鳴が聞こえた。
「 え、どうした。数馬? 数馬! 静、数馬のとこへ、急げ! 」
「 あら、どないしたんやろ。数馬! 」静の声がイヤホンから流れる。
「 ああ、母さん、後ろから殴られた 」数馬の声だ。どうやら無事のようだ。
一心が数馬の殴られた現場に着いて、
「 動画は? 」
「 撮ってたけど、殴った奴は撮れてない 」と数馬。
「 くっそー、でも頼御寺の家に入ったのは間違いないな。警部、来てくれ、中へ入ろう 」
スマホに呼びかける。
「 えぇ、もう着くから待ってて 」
警部が到着しそのまま頼御寺宅のインターホンを鳴らす。
「 はーい、どちらさま? 」母親だろう訝しく思う気持ちが声に現れている。
「 警察です。先日お邪魔した丘頭です 」
ドアが開いてすぐ警部が、「 娘さんはお帰りですか? 」
「 いえ、まだですが、そろそろだと思うんですが? 娘に何かあったんでしょうか? 」
予想外の母親の返事だった。
「 あ、いえ、…… 」警部も、あれっと言う顔を一心に向ける。
そこへ愛美が姿を現した。
「 ただいま……刑事さんに探偵さん、何かあったんですか? 」
愛美に言われ全員言葉を失った。
……
「 親父、一助を救急車に乗せたぞ。俺も一緒だ 」美紗からだった。
「 おー具合はどうだ? 」
「 あばら何本かやられたな。手足は防具つけててセーフだ 」
「 それだけか? 」
「 ああ、それだけで済んだ 」
「 入院させたら、一助の撮った動画を浅草署へ持って来てくれ、そこに全員集合してる 」
捜査課に移動。やや遅れて美紗。
「 美紗、一助は大丈夫かいな? 」
一心が状況を伝えたのに、母親としてはそれでも聞かずにはいられないのだろう。
「 ああ、肋骨二、三本折れただけで済んだ 」
「 そっかぁ、痛いやろなぁ。あとで行くさかい病室は? 」
……
一助の撮った映像を見ると、吊り上がった目と眉、眉間の深い皺、牙を思わせる歯、確かに野獣だ。
だが、じっくり見ると輪郭は愛美のようだ。
服装も直前まで着ていた服装そっくり。
「 二重人格でしょうか 」と市森は言う。
「 その判断の前にうちの《顔照合アプリ》で愛美と同一人か照合してみよう 」
一心は静を一助の付き添いへ、美紗にその仕事を指示。
「 いずれにしろ寺守は無実だったわ。うちの刑事が一助がやられてる時間別の場所にいるのを確認してる。課長にもそう報告して逮捕は無しになったわ。一心のお陰よ、ありがとう誤認逮捕するところだった 」
「 おう、けどよあの顔で同一人とでるかなぁ…… 」
一心が事務所に帰ると美紗が待ち受けていて、「 同一人っぽいぞ 」
「 は? なんじゃそれ 」
「 一致率がさ、八十八パーセントなんだよなぁ 」
「 どういうことだ? 」
「 以前あったのは、二つの動画を編集して一人に見せかけたやつ 」
「 今回は一助が撮ったんだ間違いないぞ 」
「 そこなんだよ。ほぼ同一人と言った方が良いだろうな 」
美紗は不思議な言い方をした。
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