《《22 告白》》

 市森刑事から寺守の事情聴取を今日行うと連絡が入ってから、少しあって、

「 逮捕したわよ 」

一心のスマホが震えスピーカーから流れ出た最初の一言だ。もちろん相手は丘頭警部。

「 寺守をか? 」

逮捕すると宣言された猶予期限の日だけにそっちへ頭が行ったのだ。

「 なーに言ってんのよ一心、《KT商会》よ。一昨日、九龍会長始め美国で愛美さんらを襲った四人組もね 」

「 あーそっちか、密輸関係も摘発できたんか? 」

「 もち、《虎ケ崎興業》は九龍のフロント企業って訳よ。それに社長の通話履歴を調べてたら闇バイトを仕切ってる男とのやり取りがあって、アジトを急襲して一網打尽よ 」

「 おー、素晴らしい。大したもんだな 」

「 ふふ、警察の組織力の為せる技よ 」

「 中津は? 」

「 逮捕したわよ。九龍会長の娘に間違いは無かった。今のところは違法薬物の所持、売買かな? 」

「 もう頼御寺の人が狙われることも無いな 」

「 そうね、ただ、逆はあるかも。それと野士のヤクの横取り計画は知らなかったみたいよ。中津を尾行してたと言った時の反応は嘘じゃないわ。ところで、寺守の無実の証拠でた? 」

「 え、有罪の証拠じゃないのか? 」

「 あら、だって、あんたたち寺守の無実を信じてるんじゃないの? 」

「 いや、真実を追ってるだけだ 」

「 あらま、かっこ良いんじゃない 」

「 おいおい、冷やかすな。《MY食品》にも入ったんだよな? 」

「 えぇ、覚醒剤の密輸の証拠も掴んだし、逮捕者は社長以下十四、五名になるわ 」

「 で、崎田は関与してたのか? 」

「 してたわよ。でも、殺害との関係はわかってない。そもそも密売の関係で殺すならわざわざニセコなんて場所じゃなくて、こっちで殺して海に放り込んだら遺体なんか上がってこないと考えるんじゃない 」


「 これからお宅の市森刑事と一緒に寺守と会うことになってんだ 」

「 えぇ、聞いてる。私こっちで一杯だから市森のバックアップ頼むわよ。新しい証言でもでると良いんだけどさ、明日には『逮捕だ!』って課長が騒ぐから、なんとかしてよ 」

珍しい警部の命令じゃない、お願い口調だ。

「 ははっ、俺は警察じゃないぞ。そっちが強引にやったら、後で誤認逮捕でしたってなる可能性が高いってだけだ 」一心は笑って受ける。



 寺守との待ち合せは四時。一心はこれまでの行きがかり上数馬を帯同して浅草署へ向かう。

会議室にはすでに寺守が待っていた。テーブルを挟んで座ってる市森刑事が軽く会釈する。

一心らがテーブルに着くと、「 じゃ、…… 」市森刑事が口火を切った。

一心は質問の大方を市森に任せるつもりでいた。


「 寺守さんが頼御寺愛美さんを尾行した理由から聞かせて下さい 」市森の質問が始まる。

寺守は神妙な顔をし肯く。

―― 真実を話す覚悟をしてきたな …… と一心は感じる。

寺守が着ている半袖のTシャツから伸びている日焼けした太い腕は空手家らしく筋肉が盛り上がっている。―― 俺とは大違いだ …… と一心は羨ましく見詰めていた。


「 僕は龍峯が出所してくるのをずっと待ってたんです 」

「 それは? 」

「 もちろん復讐するためです。出所してから時間の許す限り奴の行動の把握に務めました。奴が殺された時も尾行してました 」

「 で、公園の人気のないとこで襲ったんだな 」

市森が稚拙にも先走る。

「 いえ、まだ行動確認の積りでした。公園の入り口付近に差し掛かったところで女子高生が先を歩いているのが目に留まりました。奴はいきなり走り出し、その女子高生の後ろから口を塞いで抱きかかえ公園の茂みへ連れ込んだんです。一瞬でした 」

「 それって、愛美じゃないか? 」と数馬。

「 あとからそうだと知りました。女子高生は百五十くらい、奴は百八十以上あるから、対格差は歴然としてました。手足をじたばたしてましたが、完全に足は浮いていて、やばいと思ったんです 」

「 それでどうした? 」市森が身を乗り出して叫んだ。

「 頭に血が上って、奴を殺しても良いから女子高生を助けよう、それしか無かった 」

寺守は冷静に答える。

「 それで奴に襲いかかった? 」また市森が先走る。

数馬もにやっとして市森を見ていた。一心と同じ気持なんだろう。

「 茂みに女子高生を押し倒しまさに乱暴しようとしたときです。とんでもないことが起きたんです 」

寺守がそう言って三人を見回す。

「 何が起きたのかわかりますか? 」

三人揃って頭を振る。

「 奴が空中に投げ飛ばされたんです。十メートルは飛んだと思います。奴の悲鳴が聞こえました 」

「 は? 寺守さんがやったんじゃなくて? 」

思わず一心が訊いてしまう。

「 いえ、襲われた女子高生なんです。驚きました。起き上がった彼女は素早く奴の落下地点で待ち受けて、僕の空手なんて子供のお遊びみたいに感じるくらい、激しく、奴を甚振り続けるんです。

奴は『助けてくれっ』とか『冗談のつもりだった』みたいに叫んで、というか、もう悲鳴に近かった。

奴の身体を木に打ちつけてるうちに、悲鳴も聞こえなくなくなりました。

最後に、彼女の拳が奴の頭蓋骨にそっくり埋まるのを見ました

僕は唖然として足が動きませんでした 」


寺守の話が終わっても誰も口を開かなかった、否、言葉を失っていた。

それ程の衝撃的な話だった。

「 寺守さん、本当のことなんですね 」一心は寺守に、

「 嘘です 」と言って欲しくて念を押したのだが、

「 はい、先越されたショック、殺ってくれた感謝、それらが入混じった複雑な気持ちで見てたんです。間違いありませんよ。でも、まだ続きが…… 」

「 え、まだ何かやったの? 」

「 終わった後、僕は彼女のとこへ駆け寄ったんです。恐怖はありました。でもそこへ行かずにはいられなかった 」

「 それで、彼女は? 」と数馬。

「 フードの奥に見えた彼女は野獣のようでした。目が吊り上がって、奥さんが言ってた通りの目です。僕は『どうしてここまでやったの?』って訊いたんです。そしたら…… 」

「 襲われかけた? 」と市森。

「 近付いて来たんで、殺られると思いました。でも僕の横を飛ぶように走り抜けて行ったんです 」

「 え、目撃者なのに? どうして襲わなかったんだ? 仲間だったから? 」

市森が疑惑をそのまま言葉にした。

「 彼女を見たのはその時が初めてでした。僕は跡を追いました。速さは桁違いだったけど感覚だけで走りました。ここだと思ったのが、ちょうど頼御寺さんの家の前だったんです 」

「 俄かには信じられん話だが、それから愛美さんの尾行が始まったんだね。……でも、その家に女性が逃げ込んだのは見てないんだよな。どうしてその家だと? 」

一心の疑問はそこだった。

「 声です。中から『おかえり』とか『ただいま』とか聞こえたんです。翌朝出社前にその辺りでぶらぶらしてたら女子高生がでてきてそれではっきりしたんです 」

「 どうして警察へ行かなかった? 」一心が言う。

「 どうしてでしょう。警察より、彼女のことを知りたいと思う気持ちの方が強かった。それに表札を見て驚いた。《頼御寺》なんて僕の恩人の家系じゃないかって 」

「 ふーむ、それで美国まで行った? 」

「 行こうと思いました。でも、実際に行ったのは、後二人殺されてからです 」


「 その二人の殺害現場にもいたよな? 」市森が言う。

「 はい、二つの事件の時も彼女を尾行してたんで。でも、彼女が彼氏や友達の家から慌てたようすで飛び出してきたんで、その部屋を見に行って遺体を発見したんです 」

「 嘘言うなよ。なんで恋人や友人を殺さなくちゃいけないんだよ 」

一心も市森のいう通りのことを思い浮かべていた。

「 そうなんですよ。僕もそこがわからなかった 」

「 その時もドアは開いていたんだな 」と市森。

「 はい、それなのに、事件の後の彼女は普通の女子高生にしか見えないんですよ。人を殺してあんなに普通に笑ったりお喋りしたりできないと思うんですよ。だから一層調べたいと思って美国へ行ったんです 」

「 なるほどな、で、どんな事がわかったんだろ? 」一心が訊く。

「 寺男が鬼の形相で野武一派を猛烈な破壊力をもって退治したこと、その末裔が愛美だということ。あとは野武一派の関係者の名前とかを聞取りしてきました 」

一心は思う。 ―― まるでその破壊力が遺伝してるみたいだな ……

「 だけどさ、愛美と野獣とは顔が違うんだろ? 暗がりでフードを被ってたら似た感じってだけで断定は無理だぜ 」 

数馬はまだ寺守の話が信じられないようだ。

「 そうだ、服装はどうなのよ。龍峯に捕まるまでの愛美は制服だったんだろ。奴を投げ飛ばした後はどんな服装だったんだ? 」

一心が数馬の意見に補足する形で言った。

「 それが数馬さんの言う通り暗がりだったんで、良くわからないんですよ 」

「 あれ、あんたさっき、『フードの奥に見えた彼女は野獣のようでした』って言ったよな。制服にフードは無いんじゃないか? 」

市森の鋭い指摘にみな沈黙する。

―― 確かにそうだ …… 一心も思う。


「 どうなんだ、寺守さん 」市森が問い詰める。

「 そうですね、今まで気付きませんでした 」

「 野士が投げ飛ばされた時以降、寺守さんは女子高生の倒された場所を確認した? 」

市森が質問を重ねる。

「 いえ、してません。する余裕がありませんでしたから 」

「 じゃ、同一人だと思ったのは、同じ場所から立ち上がったからか? 」

市森の口調が尋問調になってる。

「 そう言われたら……否定はできませんね 」

寺守の声から自信が消えている。

「 二人目、三人目はどうなんだ? 」

「 んー、ほかの人物を見てないんで…… 」

「 それじゃ最初の時と同じじゃないか、どうもあんたの言う事に信ぴょう性を感じないなぁ、一心さんどうです? 」

一心はどう言うか迷った。 

―― 市森の味方をすれば、寺守を容疑者として逮捕に踏み切るだろう。だが、反対する根拠が薄いよなぁ ……


「 あのー、野士が殺される前なんですが、聞いてもらえます? 」と寺守。

「 ああ、なんでもどうぞ 」

一心が即答。

「 仕事帰りに浅草をぶらぶらしながら頼御寺宅のそばへ行ったら、愛美が家の前の自販機で何かを買ってました。取り出し口に手を入れた時に、道路を走ってきた男が塀を乗り越えようと跳びついたんですよ 」

「 それが野士ってか? 」

「 翌朝のテレビニュースで知りましたが、そうです 」

「 愛美が気付いて叫んだんです。男は愛美の方を向くと近付いてきました。男が愛美を掴もうとした時です。僕は助けに入らないと思って、『やめろーっ!』とか叫んで走ったんです。二人は掴み合いみたいになってました 」

「 なんか偶然が過ぎると信じ難い話になるな 」

一心が口を挟んだ。

「 僕も信じられないんですが事実です。野士が逃げたのは僕を見てじゃないんです。突然野士が愛美の顔を見て『うわーっ』と叫んで飛び退いて尻もちをついてから大慌てで逃げた感じです 」

「 もしかして愛美の顔が野獣の顔になったとでも言いたいのか? 」

市森も話を信用していないから言い方が刺々しい。

「 僕の位置から顔を見ることはできませんでしたが、恐らく。で、愛美が野士を追ったんですが、やたら速くてあっと言う間に角を曲がって行って、僕がそこに着いた時には二人とも消えてました 」

「 なるほど、野士は愛美に殺害されたと言いたい訳だ 」

一心は、市森の言い方に、寺守の話を保身のための作り話と決め込んでいるような感覚を覚えた。

「 まだ、続きがあります。二人の姿を探し回ってると、悲鳴が聞こえたんです。おそらく野士。声のする方へ走りました。そこでまた野獣と対峙することになったんです 」

寺守は市森の言動に左右されること無くきっぱりと言った。

「 ああ、龍峯のときにはあんたを無視して走り去ったんだったな 」

一心は以前の寺守の言葉を思い出していた。

「 今回も、数メートル先に野獣が立ち止まって、鋭い目で僕を睨んでました。一瞬だったと思うんですが僕にはとても長い時間に思えたんです。今度こそ殺られると思ったら、僕を飛び越えてあっと言う間に何処かへ消えてしまったんです 」

一心は野獣に理性を感じ、

「 ふーむ、あんたを殺さない理由が野獣にはあるってことだな 」

「 そう考えると、《らいおん寺》と野武の話になるんですよね 」と寺守。

「 だが、野士を殺った奴は素手だたんだぜ。どうして汗とか指紋とかが何処にもないんだ? 可笑しいぜ 」

数馬が新たな疑問を投げかける。

「 なぁ、市森よ、現場で出た指紋は、野士と愛美の二人だけか? 」一心が問う。

「 いえ、会社の人間のもあったけどアリバイは確認済みです、ほかにも古い指紋は幾つか出てます 」

「 ふーむ、市森さ、寺守さんは見たままを言ったんだと思うんだ。警察じゃないから現場検証なんて普通思い浮かばんだろ。それを捉えて《信ぴょう性》なんて言葉を使うのはどうかな? 逆に質問するが数馬の言った点について警察の解釈は《手袋してた》だろう。でも、寺守さんは素手だったと言ってる 」

「 確かに、その点は納得できないですが、それは寺守さんの証言が正しかったらという前提ですよね 」

「 市森さんよ、それじゃ犯人ありきになっちゃうぜ。誤認逮捕のあるあるパターンだぜ 」

数馬が市森に厳しい意見をぶつけた。珍しい事だった。

「 数馬くん、何言ってんの、これだけ状況証拠が揃ってて、他に容疑者がいなくて…… 」

……

しばらくの間二人の言い合いが続く。

 美紗に思いを寄せる市森とその美紗の兄という立場の数馬、互いに気遣いがあって言い合いを避けていたんだが、刑事として、探偵として、夫々当然の意見、たまにはこういう場面も必要だよなと、一心は思う。

―― 雨降って地固まる、なんて諺もある ……


二人のやり取りを聞いていて、

「 ふふふ、そっか、市森、これまでの話で犯人がはっきりしたんじゃないか 」

一心は自信を持って言った。

「 親父、だれよ! 」数馬と市森の眼差しが交錯する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る