姉さん暴走中

 どうやら目的地であった建物内に入って数分。俺はとてもじゃないが信じられない光景を目の当たりにしていた。だって――。


「こんにちは」


「あ、こんにちは」


 あの姉さんが挨拶してる~!?


 いやまあ姉さんも挨拶されたら挨拶を返すぐらいの常識は持っているとは思っていたが……。だがしかしこんな風に、相手の目を見た後腰を折ってお辞儀しながら挨拶するとは誰が予想できただろうか。俺は予想できなかった。というか今の俺はいつの間にかパラレルワールドに迷い込んでしまったのではないかとさえ疑っている。


 だってあの姉さんだぞ? 暴虐武人を体現したかのようなあの姉さんが。前世はゴリ……じゃなくて今世もゴリ……でもなくてえーっと、自己中怪力我が儘女のあの姉さんが。


 信じられない。信じない。俺は今、宇宙を目撃している。


「ん? 柚、何してんのよ」


 振り返った姉さんに言われてハッと気が付いた。俺は今、衝撃のあまり足が止まっていたらしい。


「ほら、行くわよ」


 そう言って姉さんは強引に俺の手を掴み引っ張る。……うん、やっぱりゴリラ。


 この細い腕のどこにそんな力を蓄えているのだろうか。謎だ。姉さんは謎が多い。

 姉さんの謎といえば、姉さんの仕事も謎だ。


 姉さんは一応モデルをしている。読者モデル、所謂読モというやつだ。あの姉さんがモデル!? と最初はすんごい疑った。


 それは決して姉さんの容姿が整っていないからとかそういう理由で疑ったわけではない。寧ろ姉さんの容姿は弟である俺の目から見ても整っている部類であると思う。家族だから若干の贔屓目は入っているかもしれないが。


 では何故姉さんがモデルをしていることを疑ったのかというと、姉さんはジッとしておけないタイプだと勝手に思っていたからだ。


 実際の撮影現場を見たことないから分かんないんだけど、モデルって写真撮るためにポーズとってジッとしなきゃいけないんでしょ? そんなこと姉さんには無理だと俺は思っていた。姉さんは止まったら死ぬ生物だと俺は勝手に思い込んでいた。


 いやだって姉さんがポーズとってジッとしているとこなんか想像できないし。なんかこう、注意されたらスタッフに逆ギレしているところしか想像できない。


 で、そんな姉さんは俺の想像の中だけに存在していたようで、姉さんは今もしっかりとモデルをしているらしい。おまけにスタッフからの評判も良いんだとかなんだとか。これは姉さん自身の口から聞いたのではなく、母さんが言っていたから信憑性は高い。


 そういえば蜜柑も俺と同様に疑っていた。「楓姉様がモデル!? し、信じられません」という風に。どうやら俺たちは似た者同士だったらしい。


 これについては俺たち側に責任があるんじゃなくて姉さんが全面的に悪いと思う。だって家ではそう思われるような態度しかとってないんだから。


 姉さんはいつも自分勝手だ。今もこうやって自分勝手に俺をどこかへ連れて行っている。


 ……ん? そういえばどこに向かってるんだ?


「ちょ、ちょっと待ってくれ姉さん」


「……なに?」


 俺が足を止めそう言うと姉さんは一応止まってくれた。止まってくれたものの手短に要件を言いなさいというのが顔から溢れている。


「なあ。そろそろ教え――」


「ちょっと待ちなさい柚希。良い? ここでは地声を出さないこと。可愛い可愛い柚ちゃんの声で今から喋りなさい」


 俺の喋っていた口を指で押さえ、そんなわけの分からない要求をしてくる姉さん。俺は理解及ばなかった。


「は? なん――」


「良いわね?」


 そう言う姉さんには何とも言えない圧があった。


「……はぁ。分かった、分かりました! おねーちゃん」


 俺は姉さんの要望通り地声から作った声に切り替える。その様子を見た姉さんはとても満足そうな顔をしてこう言った。


「はぁん。やっぱり柚ちゃん可愛いわぁ。あの柚希から出てる声とは思えない」


 おい失礼なことを言うんじゃない。どっちも俺だぞ。


「で? 柚ちゃんは私に何を聞きたいのかしら? 私のスリーサイズ? いいわよ私のスリーサイズはね、上から――」


「ちょ、ちょっとストップおねーちゃん! 私が聞きたいのはおねーちゃんのスリーサイズじゃないよ!」


 この姉、何考えてやがる。普通周りに人が居る状態で女性が堂々とスリーサイズを公言するか? 普通はしないと思う。よってこの姉は、普通ではない。


 俺は姉さんのスリーサイズが公にならないように、慌ててストップをかけた。


「あらそう? 残念。じゃあ柚ちゃんは私に何を聞きたかったのかしら?」


 なに残念がってんだよ。


「えーっと私はどこに連れて行かれてるのかな~? ってことを聞きたかったんだけど……」


「ああ、そんなこと。……言ってなかったかしら?」


 言って……ないですね。あなた何も言わずに俺を無理矢理連れ出したでしょう。覚えておいでですか?


「まあ良いわ。で、何処に連れて行っているのかだったわよね。それはね……ここよ!」


 そういって姉さんは立て掛けてある看板? を指さす。そういって俺に対しこう言った。


「ようこそ。私の所属事務所へ」


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