第1話 『四畳半のはずが』⑥
田所さんが真実を語り終えた後、俺たちは二〇一号室に戻った。
「本当の房江は病死。でも俺には見えてたんだ、この部屋で裁縫する房江が」
老人は壁を撫でた。
「それで壁を壊したら、隙間があった。畳半分の隙間が。そこに房江の髪の毛と、これがあった」
田所さんが取り出したのは、古いガラケーだった。
「四十年前にこんなもの、あるはずがない。でも確かにあった。しかも録画されてた」
震える手で、保存された動画を見せる。画質は粗いが、確かに部屋の中が映っている。撮影者の視点は低い。畳に座っているような——
画面の中で、誰かが裁縫をしている。顔は映らないが、手つきは慣れたものだ。そして時々、カメラに向かって話しかける。
『もうすぐできるわ』
『あなたも、ここに来る』
『みんなで一緒に』
動画は延々と続く。同じ場面の繰り返し。だが、よく見ると少しずつ違う。背景の壁が、徐々に狭くなっている。
「これ、いつ撮影されたんですか」
男性が震え声で聞く。
「分からない。でも多分、これから撮影される」
意味が分からなかった。田所さんは続ける。
「失踪者は皆、最後にスマホで壁を撮影してた。その動画が、過去に転送されてる」
「タイムパラドックス……」
俺はスマホを握りしめた。さっき撮影した写真のフォルダを開く。
そこに、見覚えのない動画ファイルがあった。
『2025_03_28_02_13.mp4』
今日の日付。でも、まだ午前二時十三分は来ていない。
恐る恐る再生する。
映像は、俺の部屋から始まった。カメラは壁に向かって近づいていく。そして——
壁に、隙間が開いた。
黒い隙間。畳半分の幅。カメラはその中に入っていく。
中は、別の四畳半だった。
いや、同じ部屋だ。でも時間が違う。そこには若い女性が座っている。相沢美咲だ。二十年前の。
彼女は振り返らないまま言った。
『やっと来たのね』
カメラはさらに奥へ。また別の部屋。そこには田中浩二がいる。その奥にも、また別の失踪者が。
六つの部屋を抜けた先に、最後の部屋があった。
そこには、俺がいた。
スマホを持って、壁を撮影している俺。つまり、今の俺だ。
『もうすぐ二時十三分』
動画の中の俺が言う。
『壁が開く時間』
映像が終わった。残り時間を見ると、ちょうど十三分。
「これ、予言じゃない」
男性が気づいた。
「指示書だ。こうしろって」
その時、壁から音がした。だが今までとは違う。
ガリガリという引っ掻く音。そして、亀裂から何かが落ちてきた。
スマホだった。
古い機種から最新機種まで、六台のスマホ。全て、録画状態で赤いランプが点いている。
画面を覗き込む。そこには——
この部屋が映っていた。六つの異なる角度から。
そして全ての画面に、同じメッセージが表示される。
『記録者募集中』
『条件:四畳半の住人』
『報酬:永遠の保存』
田所さんが青ざめた。
「部屋が……進化してる。もう房江じゃない。部屋自体が意識を持って、住人を集めてる」
午前二時十分。
あと三分。
壁の亀裂が、少しずつ広がり始めた。
中から、微かに光が漏れている。
「逃げよう」
男性が言う。だが俺は動けなかった。
動画の予言通りに、俺はスマホを手にして、壁に向かって歩いていく。
自分の意思なのか、それとも——
**次話**
午前二時十三分。壁が完全に開いた。中には七つの部屋が連なっている。最奥に本当の田所房江がいた。彼女は四十年前から、ずっとこの瞬間を待っていた。最後の記録者を……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます