第3話 初めての相棒

「酸素を積んでないので高度は3000までだ。そのくらいで音を上げたりしないだろう?」

「あたりまえだ」

「ソ連機は低高度を好むしな」

「ああ、わかっている」


 俺は藪酒のメッサーシュミットの左後ろ、やや下を飛んでいる。

 これは二機一組を最小単位とし、攻撃と援護・哨戒を役割分担するロッテ戦術と言わている編隊飛行だ。


「敷島君。今日は俺の指示通りに飛んでくれ」

「そうだな」

「降下や引き起こしのタイミングも指示する」

「ああ」

「攻撃はしなくても良いが、ピンチになったら助けてくれ」

「弱気だな」

「そう言うな。バディを組んで相互に補完し合うのが最強だからだ」


 ごもっとも。

 相互に補完し合うならそれが最強だ。


 しかし、その相棒が背を任せられる力量があるかどうかが問題だ。今までの同僚は何処か信用できなかったのだ。


「なぜ黙っている。俺の事が信用できないのか?」


 これもごもっとも。

 しかし、会ったばかり、しかも片目の男を空戦で信用しろと言う方がどうかしてるだろう。


「そうだな。クリスティンの言っていた〝藪酒は目がいい〟が本当かどうか、それが確認できさえすれば信用するさ」

「そんな事か」

「大事な事だ。片目なのに目がいいなど普通ならあり得ないからな。視野が狭くなるし遠近感もつかめない」

「気にするな。俺の目は他の誰よりも優秀だ」


 自信満々の藪酒である。

 

「さてさて、運が良い事に敵さんが現れたぞ。二時の方向……距離12000メートルで……高度1800だ」

「12000だと? そんな遠方の機体が見えるはずないだろう」


 レーダーでも搭載しているのか。しかし、機体の何処にもそのような装備を追加しているようには見えない。


「ふふふ……見えてるんだよ。ヤクが三機だ」

「本当に見えているのか?」


 こんな距離で見えるはずがない。ましてや機種まで判別するのは不可能だ。


「ついて来い。接敵したらわかるさ」

「わかった」


 藪酒のメッサーはやや上昇しながら速度を上げていく。俺は奴の赤い尾翼を追いかけるべく、スロットルを押し込んだ。


 ダイムラーベンツの倒立型十二気筒エンジンが回転を上げてうなり始める。隼の星型エンジンと比較して吹き上がりは圧倒的にスムーズだ。


「遅れるなよ」

「当然だ」


 俺は必死に藪酒を追いかける。機体は徐々に離され、今は200メートルほどの距離がある。彼は機体を右に傾けながら緩やかに降下を始めた。降下する事で機体に速度が乗り、藪酒の後方100メートルの位置に取りつく事が出来た。


 Yak1……旧ソ連製の戦闘機だ。液冷の12気筒エンジンを搭載しているが、機体の素材は混合。鋼材やジュラルミンの他に木材や羽布張りを多用している軽量な機体だ。


 つまり、被弾に弱い。


「距離2000……仕掛けるぞ。先頭は俺がやる。後ろのどっちかを狙え」

「わかった」


 やっとその機体マークを視認できた。そこから機体をロールさせつつ背面から急降下していく。


 藪酒の射撃は一瞬だった。先頭を飛んでいたヤクは火を噴いた後に爆散する。俺は手前の機体に照準を合わせた。降下しようと機体を捻った瞬間に引き金を引く。照準器の中のヤクに曳光弾が吸い込まれ火を噴いた。


「上手いぞ。高度1000まで降りたら水平に飛べ。後ろから来るヤクは任せろ」


 囮になれという事か。

 まあいい。ヤツの腕前は確かだし、あの得体のしれない視力も圧倒的に有利な条件でしかない。


「わかった。後は任せたぞ」

「おう」


 俺は敢えて速度を緩めに水平飛行へと移る。案の定、残ったヤクは逃げもせず俺の背を追ってきた。しかし、俺の背に取りついた途端に爆散した。藪酒の正確な射撃がヤクを捉えたのだ。





 

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