第7話 関係性
使さんを家まで送り届けた帰り道、街灯の淡い光がアスファルトを照らす中、彼女の過去の話が頭の中で反芻される。
ロシア人の生みの親に捨てられ、北海道で関西夫婦に引き取られた幼少期。
白髪の異端児として泣きながら帰宅した小学校時代。
それでも、家族の陽気なノリで乗り越え、人気者になった強さ。
彼女の瞳に宿る静かな輝きが、胸に残る。
家に着き、階段を上って部屋のドアを閉めると、ようやく一人きりになる。
ベッドに腰を下ろし、天井を見上げる。
外の夜風が窓ガラスを軽く叩き、遠くで電車の音が低く響く。
思わず息を吐き、両手で顔を覆う。
…自分がいかにちっぽけなことで悩んでいたか…。
まるで世界の中心が自分だとでも思っていたのか。
その自惚れから少しだけ目が覚めた気がした。
使さんの人生に比べたら、俺の傷なんて小さな棘だ。
それが少し、胸の重荷を軽くする。
彼女の強さが、俺に小さな勇気をくれるようだった。
◇
翌朝、学校のチャイムが鳴り響く中、いつものように教室の席に着く。
授業の黒板がぼんやりと視界に入り、周囲のざわめきが耳に届く。
昼休みの喧騒も、ただの背景音のように過ぎていく。
いつも通り——これでいい。
午後の休み時間、廊下を歩いていると、隣のクラスのドアが開く。
そして、使さんとすれ違う瞬間、彼女の視線が俺を捉える。
白髪がサラリと揺れ、淡い青みがかった瞳が一瞬輝く。
彼女は周囲に気づかれぬよう、唇の端をわずかに上げてニヤッと笑う。
悪戯っぽい、秘密を共有するような笑み。
俺の頰が熱くなり、思わず目を逸らす。
心臓の鼓動が少し速くなり、廊下の喧騒が遠のく。
あの笑顔が、昨夜の膝枕の温もりを思い出させる。
彼女の存在が、俺の日常に小さな波紋を広げていく。
◇
放課後の鐘が鳴り、鞄を肩にかけ、一人で校門を出る。
夕陽が校舎の影を長く引き、グラウンドの土埃が風に舞う。
学校から少し離れた住宅街の角、いつもの帰り道で、突然腕を掴まれる。
振り返ると、そこに雪乃が立っていた。長い黒髪が夕風に揺れ、制服のスカートが軽く翻る。
彼女の瞳に、戸惑いと不安が混じる。
突然のことに、俺の体が固まる。
「…雪乃?」
「最近、なんか冷たくない? 私…なんかしたかな?」
その言葉に、左頰が引き攣るのが自分でもわかる。胸の奥で、抑えていた棘が疼く。
彼女の声はいつも通り優しいのに、それが余計に痛い。
「別に…。そんなつもりはないけど…」
「この前だって既読スルーしたり、前までそんなことなかったじゃん」
「それは返すのを忘れてただけで…そんなに怒ることじゃないでしょ」
言葉を返すたび、喉が乾く。
彼女の視線が俺を責めるように絡みつく。
夕陽が彼女の頰を赤く染め、えくぼが微かに浮かぶ。
「…ねぇ、本当に私のこと…好き?」
目の前でそう質問され、うまく言葉が出なかった。胸がざわつき、視界が少し揺れる。
代わりに、俺は小さく息を吐き、反撃するように返す。
「…そっちこそどうなんだよ」
「…え?」
「最近、北条と仲良くしてるだろ。俺なんかより…あいつと一緒にいる方が楽しいんだろ」
「…そんなこと…」
彼女の目線が左下に逸れる。
その瞬間、すべてが確信に変わる。
曖昧な視線、言葉の途切れ——NTRの光景が脳裏に蘇り、吐き気が込み上げる。
「…ごめん。しばらく距離を置きたい。お互いのために」
そう言い残し、俺はその場所を後にした。
足音がアスファルトを叩き、背後で彼女の気配が遠ざかる。
夕陽が背中を焼き、涙が滲みそうになるのを堪える。
ようやく、終わりに近づいた気がした。
◇
それから数日後の土曜日。
本当なら雪乃と遊びに行く予定だったが、向こうからの連絡もなく、俺も連絡を取らないので、フリーな日になった。
半分、自然消滅を願っていたそんな午前中。窓から差し込む陽光が部屋を明るく照らし、ベッドでぼんやりと天井を眺めていると、家のインターホンが鳴る。
母さんの声がリビングから響き、慌ただしい足音が階段を上がってくる。
「ちょっ!? アンタにお客さん来てるよ! なんか…すごい可愛い白髪の女の子!」
「…え?」
頭をボサボサとかきむしりながら階段を降りると、玄関に使さんが立っていた。
白髪が朝陽に輝き、満面の笑みを浮かべて手を振る。
カジュアルなTシャツとスカートが、彼女の華奢な体型を柔らかく包む。
「おはよ〜、圭くん!」
母さんがキッチンから「誰? 友達?」と覗き込み、俺は慌てて頷く。
「…うん、友達。ちょっと部屋で話すよ」
◇
使さんを部屋に上げ、ドアを閉めると、彼女はベッドに腰を下ろして周囲を見回す。
散らかったマンガ本が彼女の視線を集め、くすっと笑う。
「…いきなりどうしたの?」
「んやー、ほら色々あって元気なかったから慰めたろう思て」
「それは…ありがとう」
彼女の気遣いが胸に染み、俺は小さく微笑む。使さんは鞄を床に置き、目を輝かせる。
「そんじゃ、デート行こか!」
「デートって…一応まだ別れてないんだけど。見られたら…ややこしいことになりそうだし」
「そないなことはウチだってわかっとるちゅーの。せやから、こうすんねん」
鞄から取り出したのは、金髪のカツラ。
サラサラのロングヘアが朝陽にきらめく。俺の目が点になる。
「…まさか…」
「せや。金髪美少女に変身や!」
彼女は戦隊モノのポーズを取り、拳を握ってキメる。
関西弁の軽快さが、部屋を一気に明るくする。俺は思わず吹き出し、彼女の勢いに押される。
それから、俺の目の前で着替えを始める使さん。
Tシャツを脱ぎ、華奢な肩と控えめな胸が露わになる。
白い肌が朝の光に透け、俺の視線が釘付けになる。
「ちょっ!? //」
「今更照れることもないやろー。キュキュキュなウチのスタイルにそんな反応してくれるなんて嬉しい限りやけどもー」
「…一回しか見てないから」
「見たかったらいつでもどこでも見せたるで?」
「今日は…大丈夫」
彼女はくすくす笑いながら、着替えを続ける。
すると、ギャルっぽいトップスとミニスカートに袖を通し、カツラを被って鏡の前で化粧を始める。
アイシャドウを塗り、唇にグロスを引く——30分ほどで、完全に別人に変身する。
金髪のロングが肩を覆い、派手なメイクがロリ体型をセクシーに変える。
「…ふっふっふっ…どや? 今日1日は…浪速の天使から噂の変態金髪美少女やで?」
【挿絵】
https://kakuyomu.jp/users/tanakamatao01/news/7667601420135001282
彼女は腰に手を当て、ウインクを飛ばす。
鏡に映る姿は、確かに別世界の少女。
俺の心臓が少し速くなり、笑いが込み上げる。
この変身が、今日の始まりを約束するようだった。
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