02|討議

 翌日、出勤するなりギルドの奥の大会議室に呼び出された。この世界に来てからは初めてのことだ。換金所の業務は極めて定型的かつ事務的で、しかもジョーと私含めても4人しかいないという少人数体制。わざわざ会議室で時間をとって情報共有するようなことなどないのだ。


 この時間はすっかり日が昇っているため街灯は点いていないが、朝目が覚めた時はまだ煌々としていた。この世界に電気はない。街灯が光るのはジェムのおかげだ。それから料理をするとき、火の強さを一定に保てるのもジェムのおかげ。今の、朝まだ肌寒い時間に使う暖房にもジェムが使われているし、街から少し離れた鉱山で活躍するトロッコの動力源もジェムだ。正確にいうと、ジェムを加工して作られる燃料なのだが。


 電気や石油やガソリンがない代わりに、この世界ではジェムが重要な役割を果たしている。


 それにしても朝イチで呼び出しとは、昨日の不用意な質問が相当マズかったのだろうか。この世界で生活するようになって半年が経って、慣れから気の緩みが出てしまった。会議室の扉の前に立ったのに、ノブに手を伸ばせず逡巡しゅんじゅんしてしまう。やはり、入るなり最初にこちらから頭を下げるべきか。


 この世界に来る直前の、クライアントに頭を下げた日の光景が頭をよぎる。そういえば向こうではお詫びのときの菓子折りといえば百貨店の羊羹ようかんだったが、こちらの世界にもそういうたぐいのものはあるのだろうか。


 ……つい気が逸れてしまったが、そんなことをいつまでも考えてはいられない。観念してドアをノックする。この木製のドアはあまり音が響かない。少し強めに叩くと「カオルか? 入れ」との声。声に従い中に入ると、総勢15人ほどが並んでいた。そのほとんどが見知らぬ顔だ。


 感覚的にわかった。半分以上はギルドの職員ではない。ギルド職員のお偉いさんである、特徴的な制帽を被っている人物は3人しかいない。


 元の世界で社畜をやっていたときにも、いわゆる公共案件、つまり公的機関が税金で民間企業に発注した案件の対応ために霞が関に行ったときにこの感覚を味わったことがある。身なりと態度から選民思想が漂ってくるのだ。おそらくこの残りの12人は国王の配下で働くエリートなのだろう。


 ギルドの制帽のお偉いさんにしても、地位が違うし用も無いため直接話したことは一度もない。……え、私は昨日の今日でそんな人達に呼び出されるほどそこまでの禁忌に触れたの?


「えっと……」

「君が転生者カオルか。そこに座りたまえ」


 正面左のおっさんが顎をしゃくるようにして言った。「カ」の発音が「カ」と「キャ」の中間に聞こえる、独特の癖がある人だ。


「……私に何の御用でしょうか」

「昨日、君が興味深い疑問を呈したと耳にした。君の疑問を私達にも伝えてほしい」


 「まずお前誰やねん名乗れよ」と思ったが、口にしたところで良いことなどあるわけがないため飲み込む。よく見ると12人は同じ濃紺の上着を着ており、肩章が人によって微妙に違う。もし日本の官僚と同じならば、私があちらの制度や内情を当然知っているものという前提で話しているはずだ。つまり今回の場合、私があの制服や肩章の意味を知らないのが悪い。そういうものだ。


 公共案件のクソさを思い出すとキリがない上に胃が痛むため、本題に戻る。なぜか私は当然の疑問をまた口にすることを強いられている。とりあえず従っておくしかない。


「はい。昨日私は、上長に向かって質問しました。『魔王が死んだら魔素まそが排出されなくなって、モンスターが生まれなくなって、ジェムが無くなって、資源が枯渇するのではないか』と質問しました」

「……なるほど」


 空気が一層重苦しくなる。ギルドのお偉いさん3人は天を仰いだり俯いたりとどうにも落ち着かない。濃紺上着の人たちはと言うと、端のほうでコソコソと小声で何かを話している2人組もいれば、中央の一番偉そうな人は目を閉じて何やら瞑想状態だし、他にもしかめっ面でこちらをじっと見る者もいる。長机の下でメモらしきものが飛び交っているのがバレバレだ。


「あの……何か触れてはいけない点をご質問してしまいましたでしょうか。こちらのルールを把握しきれておらず、申し訳ございません」


 誰も何もはっきりと言わない空気に根負けし、とりあえず謝ってしまった。なんで当然の疑問を口にしたらこんな空気になるんだ。解せない。


「いや……触れてはならないというわけではない。むしろ、そなたは誰も気付いていなかった問題を発見したのだ」

「……は?」


 二人称が「そなた」の人って存在するんだ、という感想はさておき、今の話はにわかには信じがたい。中央で瞑想状態だった立派な髭の男性、肩章が他の人よりも明らかにゴテゴテしており偉いのであろう人が、低い声で述べた台詞に思わず反射的に声を出してしまった。


「え、いや、まさか……」

「魔王は数百年にわたりモンスターを生み、そのモンスターは人を襲って苦しめてきた。討伐のため魔王城に向かった者もいたが、倒して帰ってこれた者など一人もおらん。それどころか城で殺され亡骸を連れ帰れず、弔ってやることすら叶わなかった者もいる」


 よく響く低音ボイスだ。大塚明夫みたい。


「ジェムを活用できるようになってしばらく経つが……このような問題があるとは……」


 その低音ボイスが一層低くなり、部屋に響く。皆一様に深刻そうで、この世界に来て一番空気が重苦しい。


 え、本当に気づいていなかったの? 本気で?


「いやグレゴリー様、確かにジェムは我々の貴重な資源です。しかしだからといってモンスターの粗暴は許されるものではありません」

「今更ジェムに頼らない生活などありえないでしょう、民間人の暴動が起こりますし、王宮だってジェムありきで仕組みを変えてしまいました」

魔素まそによる家畜被害も無視できませんよ!」

「ギルドの運営にも関わります……! 今更モンスターから剥いだ素材のみしか買い取らないなんてことは……!」


 一人が口火を切ったことで、おっさんどもが次々と自分の意見を話し出す。議論になってない。言いたいことを言っているだけだ。


 まあ、各自の言いたいことは何となくわかる。そしてついでに髭低音ボイスおっさんの名前がグレゴリーであることもわかった。助かる。


「皆の意見には一理ある。我々にとって魔王は宿敵であり、モンスターも同様だ。しかし一方で、今となっては貴重な資源供給源にもなってしまった。それも事実として認めざるをえない。そうだろう」

「……はい」

「これはギルドどころか、国の運営に関わる話だ。慎重に検討せねばならん」

「国王殿下には」

「まだ報告しておらん。方針がないなら進言することもできん」


 壮大なドッキリでもなさそうだ。信じられなかったが、本当に彼らは気づいていなかったらしい。もはやお偉いさんだけで勝手に話し込んでいるので、そろそろ私のことは解放してはもらえないだろうか。


 ……と、この居心地の悪さMAXな空気の中で思っていたのだが、ふとまた新たな疑問が湧いてきてしまった。そしてどうも慣れない空気にあてられたのか、よせばいいのに口を開いてしまった。


「あの……」

「なんだ」

「先ほどモンスターは人を襲うとおっしゃっていましたが、なぜ襲うのですか?」

「……なんだと」

「人がモンスターを討伐しているのに抵抗しているのではなくて、モンスター側から襲っているんですよね?」

「当たり前だ」

「もしかして人を食うんですか」

「……ああ、お前は転生者だから知らんのか。仕方がないな。モンスターは人を食わん。ただ家畜は食う。我々の持ち物を奪って武器にするなどといった小賢しい真似までしようとする。それに野生動物のように、人に出くわすとひとまず敵とみなして襲うし、家畜を守ろうとする人にももちろん抵抗して襲う」

「なるほど……? つまり、必要な食料物資が人間とカニバってるのか……」

「なん……? カニ……?」

「あー、えーと、取りあってるってことです」

「ああ……ああ、そうだな」

「じゃあ、モンスター側にも十分な食料物資を得られるようにルートを開拓して、等価交換で人間はジェムをもらって、住む場所は上手く分ければ良いのでは?」

「……」


 さっきまで好き勝手喋ってザワついていたおっさんたちがぴたりと止まった。まさか2日連続で人の動きを止めることになるとは思わなかった。思ったよりもちゃんと会話してくれたグレゴリーも、口をポカンと開けたまま固まってしまった。


 そしてこの発言で、私はまた面倒くさい仕事に巻き込まれることが決まってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る