スキル無しの私が最強パーティに守られながら魔王に営業しに行くことになった話

黒井夜(くろい よる)

01|疑問

「あの、魔王って倒さない方が良いんじゃないですか? 資源なくなりますよね?」


 私としてはふとした疑問を口にしただけだったのだが、図らずとも職場の空気を凍らせてしまった。


 まさかこの発言を契機に、魔王に営業しに行くはめになるなんて、このときは1ミリも予想していなかったのだが。




「はい、合計2kgなんで1800ゴールドですねー」


 さすがに見慣れてきたこの世界の通貨をトレイに乗せて、目の前の腰にイカツイ剣を携えた男に渡す。こちらとしては決められた手順と基準に従ったまでなのだが、彼は露骨に眉をひそめ、わざとらしい大きなため息を吐いた。


「おいおい、1800ゴールドだと? 先週は同じ量のジェムで2000ゴールド超えてただろうが。4人で割ったら3日も持たねえよ」

「今週のレートだとこうなんですよー。決まりなんで。すみませんね」

「チッ……」


 結局のところ形式的なやりとりなのだ。彼がいくらゴネてもレートは変わらない。彼は私がここに来る前からパーティの一員として活動しているらしいから、一応規定は理解しているのだろう。まあそれであれば態度も気にしてほしいものだが。


 ここはギルド内にあるジェム換金所。ギルドとは組合のようなもので、ジェムとはモンスターを倒すと生成される半透明の謎の物質。換金所は、ギルド所属メンバーが持ち込んできたジェムを、決められたレートに従って、人間が使用する通貨ゴールドに換金する場所だ。


 私はこの換金所で働き始めて半年になる。きっかけは完全に成り行きだった。



 もともと私は、令和の日本のブラック企業で社畜をしていた。あれは、残業時間が80時間を超えていて、しかも上司のミスを押し付けられてクライアントに謝罪に行かされた帰り道でのことだった。疲れからか眩暈めまいでふらついて、階段で転んで転げ落ちたのだ。そして気づいたら見知らぬ世界の見知らぬ場所にいた。それがこのギルドだった。


 残念ながら目立ったスキルなどない私のことを、この世界の人は普通に受け入れ、私でも出来そうな仕事を紹介してくれた。それがこの換金所だった。


 YouTubeどころかパソコンもスマホもない世界に最初こそ辟易したが、今はもう天国だ。仕事は朝9時に始まって夕方5時に必ず終わる。決められた事務仕事だけすれば良い。幸いパワハラする上司はいないし、無駄に長い会議もタイミング悪く差し込まれる研修も意味があるのかないのかイマイチわからない評価面談もない。


 日本のように四季はあるようで、私が転生してきたときは秋だった。涼しくて穏やかな風が流れる心地よい気候。冬を超え今は春になり、色とりどりの花が漂わせる香りが華やかで心躍る。


 ここに来る前は食事もまともに摂れない日々が続いてやつれていたし、四六時中頭はフル稼働し、常に何かに追い詰められているような緊張感があった。それが暖かくて旬を取り入れたおいしい食事を摂れるようになり、穏やかで規則正しい生活になり、我ながら性格も随分穏やかになったと思う。肌ツヤが良くなった。


 ジェム交換に来るパーティ御一行からたまに理不尽なクレームはあるが、パワハラ上司とクソ顧客に比べたら可愛いものだ。



「カオルー、今日はもう、記録提出したらあがって良いぞー」

「はーい」


 どのパーティからジェムがどれくらい持ち込まれ、いくら換金したかはすべて記録し提出することになっている。既定のフォーマットに書きこめばいい。パソコンが無いこの世界では全て手書きなので少し面倒ではあるが、パソコンで遅くまで大量の資料を作って手と目を酷使していた頃と比べると負担は減った。


 パーティとは、ほとんどがおおよそ3~5人程度の特殊なスキルを持ったメンバーで構成されるグループのことだ。街の周りにはモンスターがおり、パーティ内で協力し合ってモンスターを倒す。そしてジェムや素材を回収し、ここに換金しに来るのだ。


 ここに来て最初に「この世界にはモンスターがいて、それを倒す仕事をする人がいる」と聞いたときには面食らった。そんなゲームの世界が本当にあるのかと。しかし実際、それこそゲームに登場するようなプヨプヨしたスライム状の生物や、角が生えて豚鼻で唸り声をあげて襲い掛かってくる生物をこの目で見て、流石に信じるしかなかった。


 先ほどのパーティは、ジェムの量からしてごく小規模なゴブリン一家でも倒してきただけだろう。最近回復魔法を使えるメンバーが抜けたから、あまり長時間活動できずジェムの回収量が減っているのだ。イラつく事情は理解できるが、交換レートは王宮の中のどこかの機関が毎週決めており、ただの所員には変える権利などない。諦めてもらうしかない。


 記録を提出し、いつも通り今日の仕事は無事終わった。提出先は交換所のベテラン所員で私の上司。恰幅の良いおっさんで、体格はかつてのパワハラ上司と酷似しているのだが、性格は正反対で穏やかで優しい人だ。


「お疲れさん。今日はもう俺が割って入ることもなかったし、すっかり慣れたみてぇだな。なによりだ」

「いえいえ、まだまだですよ」

「10年くらい前にも転生者が来たんだけどな、若い男で元気なやつだったんだが、スキル適性がなくてジョブ登録できない、パーティに入れないってわかったら泣いて喚いて大変だったよ。その点お前は真面目に働いてくれて助かるよ」

「まあ、凡人なのは自分でよくわかってますんで」


 私より前に来た転生者の話は前にも聞いたことがある。きっと私よりもゲームなどに造詣が深かったか、憧れでもあったのだろう。しかし残念ながら私のように凡人だったらしい。勇者どころか何者にもなれない、パーティに入る資格すらないと知ったその転生者は、無謀にも装備なしで単独で無理矢理森に繰り出して、案の定モンスターに襲われあっさり野垂れ死んだのだと教えてもらった。


 私はそんな無謀なことはしない。どうもパーティ御一行の死亡率は3割ほどもあるらしい。ちなみに日本国内で危険と隣り合わせの仕事といって私の頭に思い浮かぶのは消防士なのだが、震災などない限り殉職率は0.01%未満だ。その点をふまえると、この世界のパーティの危険性がいかに高いかがよくわかる。


「今年はモンスターの数が例年より多くてなあ。その割に魔術適正があるやつが少なくて、さっきみたいにメンバー不足のパーティが結構あるんだよ。それで気が立っているんだろうな」


 今の私の上司、ジョーは部屋の隅を横目で見ながらそう言った。先ほど私につっかかってきた男のパーティがゴールドの分配で揉めているのだ。交換所内ではなくて他所よそでやってほしい。


 回復メンバー不足は主に僧侶ジョブ登録者不足だ。回復と防御系の技に特化したジョブだが、登録するにはまず、事前検査で魔術スキルの適正値が一定を超えている必要がある。僧侶と、あと魔法使いはその条件が課されるのだが、ちなみに言わずもがな私はかすりもしていなかった。


「モンスターが多いとか少ないとかあるんですね」

「ああそうか、お前には言ってなかったか。魔王が魔素まそを多く排出すると、モンスターが多く生まれるんだよ」

「マソ?」

「実態はよくわからんが、魔王が生み出す……なんていうか、煙みたいなやつだ。人間が浴びても気分が悪くなるくらいだが、生き物によっちゃモンスター化する」

「へー」


 どういう仕組みかはサッパリわからないが、この世界のことわりとして受け流しておこう。


 ……というか、ここでふとした疑問が湧いた。


「あの、質問なんですけど」

「なんだ?」

「魔王が魔素まそでモンスターを生むんですよね? で、パーティの人達はそのモンスターを狩ってジェムを回収して、資源として活用しているんですよね」

「ああ、そうだよ」

「じゃあ、あの、魔王って倒さない方が良いんじゃないですか? 資源なくなりますよね?」

「……うん?」

「魔王が死んだら魔素まそが排出されなくなって、モンスターが生まれなくなって、ジェムが無くなって、資源が枯渇するのでは?」

「…………」


 ジョーと、他の所員の動きがピタッと止まった。


「……あの?」

「あー……えっ……えーと………?」


 明らかにジョーの目が泳いでいるし、口がもごもごしていて発言が要領を得ない。こんなことは初めてだ。仕事が終わるという気の緩みから軽々しく質問してしまったが、マズったかもしれない。何か禁忌にでも触れてしまったかもしれない。明らかに誰でも気づく疑問点だが、それでもギルドが成り立っているのだ。おそらく何か背景事情があるはず。


「あ、いや、すみません、やっぱ何でもないです! お疲れ様でしたー」


 若手の頃、会社で会議中に要件の根本に疑問を呈してしまって、上司がひきつった顔でこちらを見た時を思い出し、背中がサッと冷える。慌てて退勤の挨拶をし、この日は宿舎に逃げ帰ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る