第4話「家族になりたい」

手術の日が近づくにつれ、豪志と太郎の会話は、未来のことへと自然に移っていった。手術が終われば、豪志は戸籍上も「女性」になる。


けれど、日本では同性婚が認められていない。たとえ心が繋がっていても、法的には「家族」として扱われない現実が、二人の前に立ちはだかっていた。


「太郎ちゃん、手術が終わったら、私は完全に女性になる。でも、私たちは結婚できないかもしれない。法が、私たちを『家族』と認めてくれないから。」


豪志の声には、諦めと悔しさが混ざっていた。太郎は黙って彼女の手を握った。その手は、少し震えていた。


「ボクたちはもう家族です。法がどう言おうと、ボクは豪志さんを守ります。」


その言葉に、豪志は涙をこぼした。「ありがとう。太郎ちゃんがいてくれるなら、どんな未来でも怖くないとわかっているから。」


その夜、太郎はニュースで見たある裁判のことを思い出した。長崎県大村市の同性カップルが、雇用保険の移転費を巡って国を提訴したという話。


住民票に「夫(未届)」と記載されていたにもかかわらず、移転費が支給されなかった。申請書類に記入された「夫」という文字が、二重線で消されていたというエピソードは、太郎の胸を締め付けた。


「まるで、家族であることまで否定されたみたいだ…」


太郎は、豪志にその話をした。豪志は静かに頷いた。「私たちも、いつか同じような壁にぶつかるかもしれない。でも、声を上げる人がいるって、希望になるよね。」


「ボクたちも、声を上げましょう。豪志さんとの関係を、誰にも否定させたくない。」


二人は、法の壁に対して無力ではないと信じた。社会が変わるには時間がかかる。でも、変化は確実に起きている。その変化の一部になりたいと、太郎は強く思った。


数日後、豪志は市役所に行き、戸籍変更の手続きを始めた。職員は丁寧に対応してくれたが、書類の性別欄を見て、少しだけ戸惑った様子を見せた。


「性別変更の申請ですね。医師の診断書と手術証明書が必要になります。」


豪志は、必要書類を提出しながら、太郎のことを思い出していた。彼が隣にいてくれるだけで、心が強くなれる。これまで一人で戦ってきたことも、今は二人で乗り越えられる気がした。


手続きが終わった帰り道、豪志は太郎に言った。「戸籍が変わっても、社会の目はすぐには変わらない。でも、太郎ちゃんが『家族』って言ってくれたことが、私にとって一番の支えなの。」


太郎は微笑んだ。「豪志さんは、ボクの家族です。誰が何と言おうと、ボクの心は変わりません。」


その言葉に、豪志は涙をこらえきれず、太郎の胸に顔を埋めた。二人は、夕暮れの街を、肩を寄せ合って歩いた。法が認めなくても、心はもう家族だった。


つづく

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