第5話 記者

車を走らせ、駅前の喧騒を背に市街を抜けていく。

高層マンションや大型商業施設の並ぶ中心地を過ぎれば、景色は徐々に変わる。古びた商店がぽつりぽつりと並び、その隣に真新しいチェーンの飲食店が建っている。

空き地には建設途中のアパートの基礎が打たれ、取り壊し途中のビルの骨組みが露わになっていた。


──この地区も少しずつ変わってるな。

そんな郷愁にも似た感情が込み上げてきた。元々この辺で生まれ育った身としてはなんとも複雑な思いが胸に去来する。


変わる街を見て寂しさを覚える一方で、変化を誰よりも早く文字にすることこそ、自分たち新聞記者の存在理由なのだ──そう自分に言い聞かせる。


 やがて、「東雲日報」の社屋が見えてくる。四階建てのコンクリート造りで、外壁の白はところどころ薄汚れ、入口の社名プレートも色褪せていた。昭和四十年代に建てられたままの無骨な建物。駅前の再開発から取り残されたように、少し影を落としている。


 車を社員用の駐車場に入れ、階段を上がって編集局へ。フロアにはすでに数人の記者が戻っており、パソコンのキーボードを叩く音や、電話での取材の声が交錯していた。空席が目立つのは、縮小した人員のせいだ。

奥の壁際にある大きなホワイトボードには、「秋の味覚特集」「市長選取材班」「県北豪雨の復旧状況」など予定がずらりと並んでいる。


「お、三浦。帰ってきたか」

デスクの佐川が声をかけてくる。四十代半ば、頭に白髪が混じり、口調はいつもぶっきらぼうだ。

「感謝祭はどうだった」

「例年通りです。組合長のコメントは押さえました。写真も一応」

「よし、地域欄で三段。あとは写真を一枚選んでつけろ。その前にとりあえず会議だな。」


午後のデスク会議が始まる。各記者が短く取材の成果を報告し、紙面の配置が決まっていく。

全国紙やネットニュースが追うような大事件はなくても、この地方紙には、この町の暮らしを伝える役割がある。

──頭では分かっている。けれど、本当に読まれているのか。そんな疑問が胸のどこかで消えないままだ。


会議を終え、真一はデスクに腰を下ろした。ノートを開き、カメラのデータをパソコンに移す。

 淡々と書き進めるうちに、時間はあっという間に過ぎていく。組合長のコメント、子どもたちの鼓笛隊、豚汁を振る舞う婦人会──ありふれた光景だ。だが、それを活字にするのが自分の仕事だった。


 数十行の記事を書き終え、写真を選び、メールで整理部へ送信する。

「ふぅ……」

 深く息を吐き、椅子に背を預けた。記事の掲載は明日の朝刊。大きく扱われることはない。だが、これもまた仕事のひとつだ。


窓の外はもう橙色に染まり始め、編集局のざわめきも少し落ち着いていた。

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