第6話 訃報

仕事を終え、会社を出る。

夕暮れの街は橙から群青へと滑り落ちていった。風の匂いが夏の湿りから、落ち葉を思わせる乾いた冷たさに変わっている。車の窓を半分だけ下ろし、カーラジオの音量をいつものように小さくして、流れてくる軽快な曲を惰性で耳の端に置いた。


ポケットのスマホが震えた。画面には「村田健司」の表示。大学のサークルでいつも一番に馬鹿をやってたやつ、だが不思議と心地の良いやつだ。

ハンドルを左に切り、近くのコンビニの駐車スペースに滑り込む。エンジンを切らずに受話器を耳に近づけた。


「……おお、健司か。久しぶりだな」


『お、真一!出た出た。元気してる?いい記事書いてるか?』


健司の声はまるであの頃のままだった。雑談の勢いに、真一は思わず口元を緩ませる。大学帰りの喧しい居酒屋で交わした馬鹿話や、深夜までレポートに追われた日々がふっと脳裡をよぎる。


「まあ、ぼちぼちやってるよ。そっちは?まだ東京?」


『満員電車と会議室の毎日だよ。まったくさ、何年働いても楽になりゃしない。』


健司の明るい調子に、思わず口元が緩む。


「そういやさ、また三人で会いたいなって思ってたんだよ。しばらく会ってないしな。」


『三人で……』

頭の中にもう一人の顔が明滅する。佐伯。普段から豪快なやつでいつもでかい声で笑って、酒が入るといつも肩を叩いて来るやつだった。



『……あー』 

健司の声が、急に小さくなった。カーラジオの音が、やけに耳につく。


『実はさ…すまん、ちょっと俺もわかんないんだけどさ…』

「……なんだよ、歯切れが悪いな。」

『言いにくいんだけど……昨日、佐伯が、あの、死んだらしいんだ……』


その一語は、思いがけず重くて、車内の空気が一瞬つんと冷えた。ラジオの音も音楽も、遠くの車のクラクションも、全部が隔離されたように感じられる。フロントガラスの向こう、もうすっかり闇に呑まれた街のネオンがにじんで見えた。

真一の手の平に微かな震えが走った。指先がハンドルを強く握り直す。


「……は?いや、どういうことだよ」

精一杯の返答、それが限界。どうにも言葉が捻り出せない。


『うん……俺もまだ信じられないんだ。情報が錯綜してて…とりあえず通夜が明後日って。たまたまあいつの仕事先と取引があってそれで…ただ、詳しいことはまだ分からない。とにかく、お前に連絡しようと思って』


健司の声は遠く、心臓の鼓動だけがやけに響いていた。


「……わかった。行くよ。場所とか時間とか詳しいことが分かったらまた連絡してくれ。」


自分でも驚くほど平静を装った声だった。受話器を耳から離すと、紙のように薄くなった風景が戻ってくる。車の中に残ったのは、エンジンの微かな振動と、心臓の鼓動だけだった。

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