第4話 取材
秋晴れの午前、駅前の広場は人でにぎわっていた。
地元農協と市役所が共催する「秋 実りの感謝祭20XX」。
白いテントの下には新米や野菜の直売所が並び、焼き芋の甘い匂いが風に溶けていく。子どもたちが列を作り、広場のステージでは小学生の鼓笛隊が練習の成果を披露していた。
「こんにちは、組合長さん。どうです?調子は」
「東雲日報さん、こんにちは。今年は収穫量が例年より多くてね。調子はいいかんじだよ。」
三浦真一は、カメラを構えながら淡々と取材を進めていた。笑顔で答える組合長を相槌でやり過ごし、必要なコメントを押さえてから写真を数枚撮る。
記事になれば地域欄の片隅を埋める程度のものだろう。それでも彼はメモを取り、関係者に声をかけ、会場を歩き回った。地方紙の記者にとっては、こうした催しこそが日常の仕事であり、また読者にとっての安心でもあった。
──だが、本当に誰が読んでいるのだろうか。常日頃からそんな疑問が頭の隅で渦巻いている。
朝刊の一ページ目ではなく、折込広告に挟まれるようにして配られる地域欄。真一自身でさえ、学生時代は目を通した記憶がほとんどない。今の若い世代にとっては、紙の新聞そのものが「過去の遺物」だ。
それでも、記録しなければ消えてしまう出来事がある。どんなに小さな祭りでも、誰かにとっては一年の節目であり、地域にとっては誇りでもある。
真一はその矛盾を抱え込みながら、シャッターを切った。これはそう、意地に近い感情だった。
会場のステージでは地元中学生の吹奏楽部が演奏を始めていた。トランペットの音が澄んだ秋空に響き渡り、買い物袋を下げた家族連れが立ち止まって耳を傾ける。
広場の一角では、町内会の婦人会が作った豚汁がふるまわれ、長蛇の列ができていた。
カメラを構えつつも、真一は時計に目をやる。正午を過ぎれば、午後のデスク会議に間に合わなくなる。
「……そろそろ戻るか」
そう小さく呟いてノートを閉じる。必要なコメントは揃った。写真も十分に撮った。記事としては数十行にしかならないだろうが、それで十分だった。
ステージ上では地元ダンスチームが息のあったダンスを披露し、観客の拍手が湧き上がる。真一はその光景を一瞥し、背を向けて歩き出した。
取材を終え、駐車場に戻る。
昼を少し回った頃、空はまだ高く澄んでいた。真一は中古のコンパクトワゴンに乗り込み、窓を半分ほど開けると、ポケットからタバコの箱を取り出した。指先で一本をつまみ、ライターを弾く。紫煙が車内に広がり、思わず深く息を吐いた。電子タバコでは満たされない、紙巻き特有の辛みが喉に残る。
最近は価格も上がり、喫煙所も無く不便になった。
灰皿に吸い殻を押しつけると、「行くか」と小さく呟き、スタートボタンを押した。低い音とともに車が震える。ギアを入れ、車が動き始める。
駐車場から出ようとした時だった。
駐車場の出口横、フェンスに掛けられた古びた看板の前で、誰かが立ち止まっていた。
背を向けているため顔は見えない。若いのか年老いているのかも判然としない。ただ、やけに細い体つきが、秋の光に影を落としていた。
その人物は、頭を三度垂れ、両の手を裏返すようにして打ち合わせた。乾いた音が二度、駐車場に響く。最後に深く一礼した。
──何をしている?
真一は一瞬、ブレーキを踏もうかと思ったが、すぐに考え直した。
変な奴だ。何かの宗教か、この辺での風習か。いや、あんな事するような宗教も風習もこの辺では聞いた事ない。
…まぁ、いずれにしても記事になるような話ではない。
視線を逸らし、アクセルを軽く踏む。車は静かに道路へと滑り出した。
後ろのミラーに映るのは、もうただの影のような後ろ姿だった。
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