17 警官の嘘

 間もなく警官が一人、瑠夏の元にやってきた。彼は瑠夏に航大が瑠夏の前に現れた時の様子を詳細に尋ねた。

「ほお、手紙を読んでほしいと?」

「はい……そういえば、手紙ってどこだろ?」

 下着が入った紙袋と一緒に受け取ったはずだったが、見つからない。見回すと、警官の足下に落ちていた。

 封を開けてみた。文章は手書きだった。手紙の送り主は「福田悠馬」と記されていた。「本当の父親」「遺伝子組み換え」「二十年間」「DNAが一致」文章を隅から隅まで読んだわけではない。しかし、断片的なそれらの単語の数々は瞬時にして瑠夏の頭に入り込んだ。全身に鳥肌が立ち、震えが止まらなかった。

 瑠夏が読み始めてから一、二秒も経たぬ内に、ひょいと警官が手紙を取り上げた。

「ちょっといいかい……福田、悠馬?」

 手紙を斜め読みしながら、胸ポケットからスケールを取り出し、広げると、四角い枠に差出人の名前をかざして検索した。彼の顔色は急に硬くなった。

「これは警察の方で預かっておきます。すぐに返します。どうも、これはストーカーっぽいな。下着泥棒から下着を取り返したので僕とつきあって下さい、という内容だった。福田ゆ…福田君というのか。しょうもないことをする男だな」

「いや、そんなはずは……」

「とにかく、これは警察の方で預かります。下着泥棒の件についても、わかり次第連絡するので、心配しないで下さい」

「さっき逃げた男の子の名前は福田じゃないです」

 瑠夏の言葉で警官の表情には「しまった」という言葉がありありと浮かんだ。瑠夏はそれを見逃さなかった。

「ならば、福田君の代理人だろう。どっちみち、同じことだ。ストーカーだよ。彼、福田君にはね、ストーカーの前科があるんだ。だから警察は彼の行為を詳細に把握する必要がある」

「それならコピーでいいじゃないですか。大体、証拠だからといって、当事者がまだ見てもいないものを警察が強制的に押収できる権利なんて法律で保証されているんですか?」

 瑠夏が食い下がると、警官はゆっくりと瑠夏に顔を近づけた。真っ赤な顔をして脂汗を垂らしながら瑠夏を睨みつけている。緊張しているのか荒い息を無理矢理押し殺している。もしかしたら、こんなシーンを昔の映画で見たことがあるかもしれないと瑠夏は思った。だけどその時も警官だっただろうか? 尋常な様子ではない。

「いいですか……ストーカーの手紙なんか大事に保存しといたってしょうがないですよ? 最近は物騒だからね。特に君のようなきれいな女性は犯罪被害に遭わないように十分注意しなくちゃだめですよ……」

「は、い……」

 視線すら縛られた状態で、瑠夏はたどたどしく口を開き、やっとのことで、その二文字だけを絞り出すことができた。

「じゃあ、また新しいことがわかったら連絡します。気をつけて」

 警官は急に涼しい口調に戻り、手紙を預ったまま何事もなかったかのように立ち去った。

 胸の奥が冷たくなり、足下が震え始めた。周りを見回した。髪の揺れる音がやけに大きく響く。さっきまで砂場にいたはずの親子達も、ベンチに座っていたサラリーマンも、もういない。

 耳がキーンと鳴る。そればかりが響く。私は一体、どこからやってきたんだろう? それを知らなければならないという気持ちが今、瑠夏は胸の中で大きくなっていくのがわかった。あたかも、それはたった今生じたものであるかのようだった。しかし、そうではないことにたった今気づいた。本当は子供の時からずっと知りたかった。しかし、それを無意識の内に心の隅へ押しやり続け、興味のない、大した問題ではないようなふりをし続けていたのだ。

 足下が震える。咄嗟に地べたにしゃがみ込んだ。ヒールの高いサンダルを履いていると足下がおぼつかない。迷うことなくサンダルを脱ぎ捨てた。

 警官は私を守ってはくれない。それどころか、私が知ろうとすること、もしかしたらまだいるのかも知れない私の父親のことを、父親にたどり着くための道を、明確な意思でもって閉ざし、握り潰した。私と父親、二人の間のことが、どうして一体、警察に関係あるというのだろう。私は何か大変なことに巻き込まれているのだろうか。

 顔から血の気が引き、目が潤む。唇が震える。

「誰も助けてくれなくても、お前一人がしっかりすれば大丈夫なの」

 義母の声が脳裏に響く。暗い部屋の中、一人でじっと正座をして耐えた時が蘇る。全身の震えを治めなければ。私は大丈夫。念じ続けた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る