16 手渡された手紙
西日がビルの窓に反射して照りつける。地面を蹴れば砂埃が舞い上がる。向こうの砂場からは子供達のはしゃぎ声がこだまする。ベンチでは、くたびれたサラリーマンが仰向けになり、ハンカチを顔の上に乗せたまま動かない。
雰囲気も何もあったもんじゃない。瑠夏はブランコに座り、体を前後に揺らし始めた。ブランコの勢いがついてきたところで、公園の入り口から彼女に近づく男の姿を見つけた。彼は紙包みのようなものを手にしている。利仁亜ではなかった。公園の時計を見ると、約束の時刻まであと五分はありそうだった。
彼を無視してブランコをこぎ続けていると、彼は瑠夏の真正面で足を止めた。
「あの……すみません。青峯瑠夏さんですか」
学校の外で自分の名前をフルネームで呼ばれたことなんて一体何年ぶりだろうと思った。
「はい……なんでしょう?」
あわててブランコを止めようと、スニーカーで地面の土を蹴る。音が響く。
「自分は山中航大といいます。わけあって、ちょっと遠くから来ました。お願いがあるんです。実は、受け取って頂きたいものが……」
彼は話し始め、肩下げかばんから白い無地の封筒と、薄茶色の紙袋を取り出した。土を蹴る音は細かく響く。瑠夏はようやくブランコから降り、航大の表情を確かめる。彼の姿には覚えがあった。お茶の水駅の近くですれ違った時、彼女に見とれていた男だった。あの時と同じ、白い長袖のワイシャツに、茶色のコーデュロイだった。
一目惚れの告白なのだろうか。それにしては、封筒と紙包みのどちらも、あまりにも簡素すぎる。
「あの……初めてですよね? どうして私の名前を……?」
「それは、わけがありまして……、まず、この手紙を読んで頂けませんか?」
顔を赤くしながらも、航大は必死に瑠夏を見つめ、言葉を絞り出していた。その必死さは瑠夏にはあまりにも重すぎるような気がした。思わず航大から目を反らした。
航大は神妙な面持ちで、封筒と小さな紙袋を瑠夏に手渡した。紙袋は軽く、中が綿のように柔らかい。瑠夏には手紙よりもこちらの方が気になってしまった。紙に付いたセロテープを汚くなり過ぎないように適度に簡単に破り、中を開けた。
瑠夏の下着が二枚、入っていた。困惑で一瞬体が固まったが、瞬時に頬が赤くなり、怒りが込み上げた。
「え? なんでこれがここに?」
瑠夏の急な声と表情の変化に驚き、航大は顔をひきつらせた。
「ど、どうしたんですか?」
航大は紙袋の中身をのぞき見ようとするが、瑠夏は見せない。
「あなただったのね、信じられない!」
瑠夏は航大の手首を掴む。彼は戸惑いつつも、一瞬、ほっとしたような表情を浮かべる。
「やっぱりあなたは青峯瑠夏さんで間違いありませんね」
「だから何? 今から一緒に警察に来てもらうから!」
航大の表情が急にこわばった。
「警察? なんで警察なんか行かなきゃならないんですか? その中身は一体何なんですか?」
彼はいかにも心外だという表情で、瑠夏の手を振り払った。男の彼の方がかろうじて彼女の力に勝ったが、それでも彼は彼女の意外な強さに恐れおののいた。
「何言ってるの? あなたが盗んだんでしょう? 私の下着を」
砂場で遊んでいる子供達数人と、彼らの母親らしき女性達がこちらを向いた。
「下着?」
航大の声は裏返っていた。
「瑠夏!」
背後から利仁亜の声がした。
「やっぱりそうだったんだ……」
航大は一人でつぶやいている。
「ちょっと利仁亜、早く。コイツなんだよ。下着ドロ!」
「えっ。マジで?」
「いや、本当に下着なんて盗んでないですから」
航大がかばんのチャックを閉めながら後ずさりする。
「じゃあなんでこんなの持ってきたんだよ?」
瑠夏は紙袋から下着を一枚取り出して、航大の目の前ではためかせた。航大は顔を赤らめた。封筒が瑠夏の足下に落ちたが、瑠夏は怒りのあまり、航大は極度の羞恥のあまり、気づく余裕もなかった。砂場の方から小さなざわめきが起きた。ベンチで寝ていたサラリーマンが目を覚まし、うるさそうに瑠夏達の様子を見る。
「それは、頼まれたからで……」
「嘘ぶっこいてんじゃねーぞテメー」
横から飛び出した利仁亜が、叫びながら航大の体に飛び蹴りを食らわせる。航大は地面に倒れ込む。
「嘘じゃないって!」
咳込みながら声を振り絞る。
「嘘じゃねえなら警察で話聞こうか」
利仁亜が航大のワイシャツを掴む。
「警察は勘弁して下さい」
「おまえじゃねえんだろ?」
起きあがろうとする航大を利仁亜は上から突き倒す。
「でも、警察は困ります」
「瑠夏! 早く電話しろ! おい! 何電話してる?」
利仁亜は瑠夏を振り返って怒鳴る。その間に航大は起き上がり、公園の生け垣に突っ込んで逃げていく。
「はい! 今、錦華公園です! 白のワイシャツに茶色のコーデュロイです!」
「瑠夏?」
「今通報してるの!」
「逃げたぞ!」
利仁亜も生け垣に突っ込み、公園の外に飛び出す。丁度、通りかかる自動車に行く手を阻まれた。航大は通りの角を曲がり、消えた。
「お前はここで警察が来るのを待ってろ! 俺はあいつを探してくる!」
息を切らしながら利仁亜は瑠夏の元に戻って来たが、再び走り去った。
「ねえ、話って何なの?」
ふと本来の用事を思い出して叫んだが、利仁亜の返事はない。
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